やっかいな放射線と向き合って暮らしていくための基礎知識/田崎晴明
ベクレルやシーベルトが日常語になって久しいが、正確な知識というと、ちょっと心許ない、という人も多いだろう。セシウムは放射線で体に悪い、みたいな不正確であいまいなイメージだけを元に行動している人も散見する。そういう人向けに、放射線の基礎知識を、平易に解説した本。
やる気のある中学生なら読みこなせるだろう。むしろ、科学少年なら、この本の前半程度は常識だろう。
が、逆に、やる気の無い大人は、多分、話について行けないと思う。
それは、著者が良くも悪くも学者先生で、しかも、多分、科学的センスがあまりないからだ。
著者も書いているように、この本では、分からないことは分からないと明記し、分かっていることだけを、孫引きをせずに淡々と平易に解説することを目指している。箸休めのコラムなどもないし、地の文も、淡々と解説が続く(その割には、時たまどうでもいい個人の感想が入るのが玉に瑕)。
だから、本気で放射線のことを知りたい!という熱意のある人にしか響かない。興味のない人、科学的に偏った見解の人は、理解したい読みたいと思わない文章だろう。優秀な人は勢い自分を基準に考えることが多い。興味があるのは当然の前提で、読解力や想像力の程度も他人に期待を掛けすぎだ。自分に分かるように話せば相手も分かってくれると思っている(優秀な人の集まりならその通りだから)。
大学の教科書ならそれでも良いと思うが、わざわざこうした本を出すのに、姿勢がそのままでは、画竜点睛を欠く。
もちろん、正確を期して、しかも非常に平易に分かりやすく説明しようとしている努力は見られるが、肝心の所で空回りしている。
また、内容が、放射線の話「だけ」で構成されているので、結局抽象的な話のままで終わってしまう印象だ。
放射線被曝の危険度を、放射線被曝のレベルで判断してどうするんだろう。普通の人にはぴんと来ないだろうし、そんな事が知りたいわけでも無い。人々が知りたいのは、放射線被曝は、他の日常生活上の行為や事故などと比べて、どれだけ危険なのか、と言う事のはずである。
これも、敢えてそうしているのだ、宗教論争から離れて、雑音の少ない確度の高い話だけをするんだ、という事は分かるが、それでは、あまり意味が無いだろう。
さらに、一次資料を当たったり、計算を丁寧に解説したりするのは良いが、本当に大事なのは、そうした前提となる「数字」を使って計算を見積もることでは無いはずだ。大事なのは、前提となる数字が、どうやって決められたのか、その意味をきちんと説明することのはずである。それをしないから、「基準値」だけが一人歩きしてしまうのではないか。
もちろん本書には実効線量の求め方などいろいろな説明が詳しく書かれているが、それらは全てピントを外している。ああ、このひと、科学的センスないわ、とガッカリした。
例えば、食品などから摂取するセシウムの内部被曝に関する話題で、ヒトには体重1kgあたり自然由来のカリウム40が約60ベクレル存在するのだ、という前提から話を始める。この数字を元に、セシウムの摂取量と体内の平衡放射能量を検討するのだ。結局、どれほどのセシウム濃度なら、カリウムによる自然の内部被爆に比べて多いか少ないか、を実に丁寧に計算を説明しているが、この話で大事なのはそこじゃ無いだろう。
この話で重要なのは、カリウム40の60ベクレル/kg、という基準値の由来を詳しく説明することのはずだ。人は誰でもモノを食べ、そこには元々放射性物質であるカリウム40が少なからず入っている。カリウム濃度の高い食品もあれば、低い食品もある。産地や製法でも異なってくるだろう。また、当然、個人の食生活パターンにより、蓄積されるカリウム40の平衡量も変わってくるだろう。つまり、そうした「バラツキ」の幅を眺めたうえで、そこに新たに添加されるセシウムの濃度を議論する、という点が最もキーポイントになるはずだ。与えられた条件から計算するだけの座学をやっても仕方あるまいに。
結局、誰向けの本なんだろう?という印象。
内容的には良心的であり、教科書読むの大好き!という人には大いに勧められるが、そうでない人には向いてない本。
田崎晴明
やる気のある中学生なら読みこなせるだろう。むしろ、科学少年なら、この本の前半程度は常識だろう。
が、逆に、やる気の無い大人は、多分、話について行けないと思う。
それは、著者が良くも悪くも学者先生で、しかも、多分、科学的センスがあまりないからだ。
著者も書いているように、この本では、分からないことは分からないと明記し、分かっていることだけを、孫引きをせずに淡々と平易に解説することを目指している。箸休めのコラムなどもないし、地の文も、淡々と解説が続く(その割には、時たまどうでもいい個人の感想が入るのが玉に瑕)。
だから、本気で放射線のことを知りたい!という熱意のある人にしか響かない。興味のない人、科学的に偏った見解の人は、理解したい読みたいと思わない文章だろう。優秀な人は勢い自分を基準に考えることが多い。興味があるのは当然の前提で、読解力や想像力の程度も他人に期待を掛けすぎだ。自分に分かるように話せば相手も分かってくれると思っている(優秀な人の集まりならその通りだから)。
大学の教科書ならそれでも良いと思うが、わざわざこうした本を出すのに、姿勢がそのままでは、画竜点睛を欠く。
もちろん、正確を期して、しかも非常に平易に分かりやすく説明しようとしている努力は見られるが、肝心の所で空回りしている。
また、内容が、放射線の話「だけ」で構成されているので、結局抽象的な話のままで終わってしまう印象だ。
放射線被曝の危険度を、放射線被曝のレベルで判断してどうするんだろう。普通の人にはぴんと来ないだろうし、そんな事が知りたいわけでも無い。人々が知りたいのは、放射線被曝は、他の日常生活上の行為や事故などと比べて、どれだけ危険なのか、と言う事のはずである。
これも、敢えてそうしているのだ、宗教論争から離れて、雑音の少ない確度の高い話だけをするんだ、という事は分かるが、それでは、あまり意味が無いだろう。
さらに、一次資料を当たったり、計算を丁寧に解説したりするのは良いが、本当に大事なのは、そうした前提となる「数字」を使って計算を見積もることでは無いはずだ。大事なのは、前提となる数字が、どうやって決められたのか、その意味をきちんと説明することのはずである。それをしないから、「基準値」だけが一人歩きしてしまうのではないか。
もちろん本書には実効線量の求め方などいろいろな説明が詳しく書かれているが、それらは全てピントを外している。ああ、このひと、科学的センスないわ、とガッカリした。
例えば、食品などから摂取するセシウムの内部被曝に関する話題で、ヒトには体重1kgあたり自然由来のカリウム40が約60ベクレル存在するのだ、という前提から話を始める。この数字を元に、セシウムの摂取量と体内の平衡放射能量を検討するのだ。結局、どれほどのセシウム濃度なら、カリウムによる自然の内部被爆に比べて多いか少ないか、を実に丁寧に計算を説明しているが、この話で大事なのはそこじゃ無いだろう。
この話で重要なのは、カリウム40の60ベクレル/kg、という基準値の由来を詳しく説明することのはずだ。人は誰でもモノを食べ、そこには元々放射性物質であるカリウム40が少なからず入っている。カリウム濃度の高い食品もあれば、低い食品もある。産地や製法でも異なってくるだろう。また、当然、個人の食生活パターンにより、蓄積されるカリウム40の平衡量も変わってくるだろう。つまり、そうした「バラツキ」の幅を眺めたうえで、そこに新たに添加されるセシウムの濃度を議論する、という点が最もキーポイントになるはずだ。与えられた条件から計算するだけの座学をやっても仕方あるまいに。
結局、誰向けの本なんだろう?という印象。
内容的には良心的であり、教科書読むの大好き!という人には大いに勧められるが、そうでない人には向いてない本。