DC/リアルサウンド風のリグレット/ワープ | 読んだり観たり聴いたりしたもの

DC/リアルサウンド風のリグレット/ワープ

結局3周プレイして、バッド×2、トゥルー×1のエンドパターンを見た。

ネットで調べるとエンドは全5パターンらしいので、ついでだし、もう2つ見てみようかという事になった。
内1つは、トゥルーじゃ無いくせにトゥルーよりレアなエンドで、かなり条件を揃えないと出ないらしい。そしてもう一つは、2回目のプレイの最後の選択肢だけ変更すれば到達できるとのことだった。2周目の選択はノートにメモっていたのでこれは楽勝だ。と言う事で、まずこちらを目指してみた。

この場合、最後の選択肢までは、全く同一の展開である。本を読んだり3DSで遊びながら、数時間のシナリオを流す。時々選択肢を間違えないように選びつつ、選んだあとは放置しながら進めていった。

以前のエントリでも説明したように、このゲームは、画面が真っ暗で音だけでプレイするゲームである。
しかも、リアルという事なのか、表現上、結構、長い「間」を取る事がある。十数秒無音が続いたり、小さな環境音だけがかすかに鳴っていたり、という感じだ。すると、シナリオをクリアした際に、あれ、これで終わりなのかな?それともこれは「間」?もうちょっと待っていた方が良いのか?それとももう電源を切っても良いのかな?という事になりやすい。とくに、リラックスした姿勢で、聴くだけのゲームに浸っていれば、つい夢見心地にうとうととなっても不思議は無い。はっと目を覚まして、あれ、今無音だけどどうなった?という状況は容易に想定できる。
そのため、このゲームでは、シナリオが終了すると、すかさず映画館のようなアナウンスが入る。
「以上をもちましてストーリーは終了しました」と女性アナウンスがずっと繰り返されるのである。
大変親切な設計と言えるだろう。

そして、話は戻る。
4周目として、2周目のラスト選択肢違いエンドを目指すべく数時間を費やし、ようやく最後の選択肢にたどり着いた。2周目はいわゆるタヒチエンドと呼ばれるもので、今回は、もう一方の選択肢を選ぶことで、花屋エンドと呼ばれるものになるはずである。
さてさて、期待に胸を膨らませて、慎重に、選択肢を、今、入力、し終えた!
すると、すかさず

「以上をもちましてストーリーは終了しました」

…。

え?!これが?噂の花屋エンド…?

な訳が無いでしょう。
どこの世界に入力即エンドのADVがあるだろうか。
バグである。
フラグ管理か何かがバグっていたのだろう。4時間近くを費やしてのこのバグは痛恨である。
念のためと藁にもすがる思いでリセットしてみる。
が、オートセーブのこのゲームでは、上記アナウンスが流れた瞬間に、終了フラグが書き込まれていたらしく、物語は、またスタート状態に戻ってしまっていた。
脱力。

と言う事で、一気に気持ちが萎えてしまったので、このゲームのプレイは、ここまでと相成った。

あとは、感想や雑感を書いておしまいとしよう。

上記のようにバグも含め、アラも多いが、実に印象に残るゲームだったと思う。
デザイナーの狙い通りの楽しみ方は出来たのでは無いだろうか。
何度も書いたように、このゲームでは、画面は真っ暗だ。
でも、風のリグレットというゲームをプレイした人は、このゲームを思い出すとき、きっと、ありありとゲームの情景を思い出すことが出来るのでは無いだろうか?
例えば、博司が菜々を見かけた満員電車のシーン。泉水のマンションのベランダや、部屋の中の様子。丘の上にある時計台。台風の中逃げ込んだ廃屋。
ほら、ぱっとゲームシーンのイメージが出てくるだろう。
もちろん、それは私たちが勝手にイメージした映像である。しかし、それゆえに強い印象を持つ。当然違和感も無い。デザイナーは画面に何も表示しないことで、最適なイメージを、そこに表現し得たのだ。

ただし、これは何もこのゲーム特有の体験では無い。いわゆるラジオドラマも同様だろうし、もっと普遍的には、そもそも読書というのが、こうした自己生成イメージの体験である。

シナリオの質自体は、実はたいしたことは無い。有名脚本家を起用と惹句にあるが、聴いてみればすぐ分かるように、結構粗いシナリオだ。7月に台風19号とか突っ込みどころも多い。
演出にしても、何度も書いているように、無駄な間が多くてだれるし、シーンの切替や、挿入歌の扱いなどにもキレが無い。
だから、シナリオを再録音してまとめて、一本のラジオドラマです、として聴いたなら、あまり芳しくない評価を受けるのでは無いだろうか。

しかし、これはゲームなのである。インタラクティブに選択し、一体となって体験を紡ぐ、という経験が、こうしたアラの多くを打ち消すのだ。主人公との一体感を生み、物語への没入感を促す仕組みが、ゲームにはあるのである。

上記に書いたようにこのゲームはオートセーブである。最新のサウンドノベルのように、スキップ、フローチャート、マルチセーブとロードなどなど、「ゲームとしての攻略」をサポートする機能は皆無である。前エントリでは、そのことを咎めたりもした。
しかし、このゲームのストーリーを思えば、このシステムでも良かったのかな、とも思えた。

主人公博司は、小学生の時、初恋の女の子と、台風の日に駆け落ちの約束をした。女の子は待ち合わせの時計台に現れないまま転校してしまい、それから10年が過ぎた。あの日何があったのか。甘酸っぱい初恋の記憶に触れる度、なにか大切なことを忘れているような気がしてならない博司。
博司が忘れていた、大切な記憶を取り戻す旅路が、このゲームでは語られる。忘れてしまっていた記憶。大切な約束。もし10年前に戻れたのなら。後悔。リグレット。

しかし、博司は、こうも語る。
後悔するような事があっても、それを含めての自分の人生である。もしも過去に戻って、もう一度やり直せるとしても、自分はそうしようとは思わない。

過去は過去である。取り消しもやり直しも出来ない。
どんな選択をしても、それを選んだ自分を信じて、それを受け入れて生きていくしか無いのだ。

これが、このゲームがオートセーブである理由だろうと思う。

実際、便宜上、トゥルーとかバッドとか呼んでいるが、どんな展開になろうと、それがその選択をした博司の、そしてプレイヤーの真実のエンドであり現実であるのだ。

その意味では、実際、一応ハッピーなトゥルーエンドの展開より、博司が泉水を赦し受け入れるエンドの方が、自分には味わい深いものであったと思う。

音楽が割と良かったと思う。テーマ曲は結構良いね。
期待した矢野顕子は、それほどでも無かったかな。
あと、最初聴いたときには何これと違和感を感じた天気予報の歌は、何度も聞く内に結構スキになった。サントラ買うほどではないと思うが、廉価であれば入手しても良いかな。

最後に、DCでのプレイは、DC特有の機体の動作音がうるさすぎて集中できないのであまりお勧めできない。かといってSS版はディスク3枚組と入れ替えが面倒(DCは2枚)だと思うので、どちらでプレイするかはよくよく検討した方が良いだろう。