医者は現場でどう考えるか/J・グループマン/美沢惠子 | 読んだり観たり聴いたりしたもの

医者は現場でどう考えるか/J・グループマン/美沢惠子

医者は患者を診察し、診断し、処置を行い、薬を与え、治療を行う。この現場において、医師は何を考え、どう判断するのか。例えば、医者の気分や、患者に対する好悪などの感情が診断に与える影響。過酷で多忙な環境による意識レベルの低下がもたらす過誤。マニュアル依存やクローズドコミュニティの不文律。製薬業界の無言の圧力。そして医療ビジネスが要求する効率。
自身医師である著者が、多数の同僚へのインタビューを通じて、実際の誤診のケースなどを豊富に記録し、なぜそうしたケースが起こりえたかを記してゆく。

色々と面白いポイントがあった。

まず1つ目は、この本が一般向けに書かれているように、医師が誤診するという可能性を患者が知っている事も大事だ、という指摘だ。こうした事例を知悉し聡明な患者となる事で、誤診を防ぎ、正しい医療へと医師を導く一助になる事が、患者自身に期待されている。

2つ目は、AI的な知見。人工知能華やかなりし80年代にもてはやされたエキスパートシステム。その代表事例が医療診断システムだった。本書では、むしろ、マニュアル診断を批判している。症例データベースからベイズ理論に基づいて診断を行うシステムでは、ろくな診断はできない。その理由は、生身の人間には失敗は許されないから。いくら最も蓋然性が高い診断を出せるシステムがあったとしても、目の前の患者の実際の役に立たなければ何の意味もないからだ。99.99%間違いがない診断であっても、私自身の症例が残りの0.01%なら、私にとってそれはただの誤診だ。個々人が希少、という人間の特性を鑑みると、医療診断における統計的手法の直接の適用は限度外だろう。
そしてなにより、診断に必要な情報というものは、生身の人間という複雑で不定型なデータからは、予め完全に想定する事ができない、と言う事だ。どこを調べろと言うマニュアルは、そこ以外へ向けようとする目を止めてしまう。優秀な医師は、患者が入ってきた瞬間に、顔色、歩き方、表情など、いくつもの情報を得て、即座に診断をスタートしているという。そして棋士がポンと最善手を思いつくようにヒューリスティックなメカニズムで、正しい診断へたどり着く。盤面の組合せが有限なゲームなら力任せな計算力で人間を凌駕する事ができても、医療診断ではそれはできない。

3つ目は、認知学的な情報。錯覚の科学で挙げられていたような事例が、やはりごまんとあるのが診断の現場だ。特に面白かったのが、医師の感情、というものが、診断を曇らせる障害にもなり、同時にヒューリスティックな探索の原動力にもなる、診断において最も重要なファクターであるという点だろう。もしも高度な人工知能、というものが生まれうるのなら、どうやらそこには感情も備わっていそうだ。

最後に、人間が人間を診る、という基本。相互の信頼関係。対話。そして交錯する感情。
症状を診るのではなく、人を診る。こうした泥臭いコミュニケーションこそが迅速で確度の高い診断に不可欠の要素である、という点は実に示唆に富んでいる。


J・グループマン/美沢惠子
医者は現場でどう考えるか