遺体 震災、津波の果てに/石井光太 | 読んだり観たり聴いたりしたもの

遺体 震災、津波の果てに/石井光太

もうすぐ発生から2年になろうとする東日本大震災。そのルポである。

被害状況についても、そしてこれからの復興についても、震災という巨大な現象には多様な側面があるが、この書籍は、特に死した人々、つまり「遺体」を中心に記録したものである。もっと言うなら、それは否応なく遺体に向き合わされた人々の視座である。

この震災での万を超える死傷者は東北三県に集中しているが、さらにそのほとんどはリアス式の海岸線に沿った集落を襲った津波による被害である。町が丸ごと消滅した地区もある。手酷い被害を受けた自治体の一つである釜石市は、国道を挟んで海側の漁師町は壊滅し、内陸側の工場・新興住宅地帯は残った。災害発生時の存在地点という偶然によって運命を分けられた人々は、一方で累々たる物言わぬ遺体と成り果て、もう一方では喪失のショックに胸を引き裂かれながら、積み上がった遺体と瓦礫の前に茫然自失するばかりだった。
著者は震災2日後に釜石市などに赴き、3ヶ月の間取材を続けた。
廃校舎の遺体安置所に続々と運び込まれてくる正視に耐えぬ骸の数々。あまりの数に検死も身元確認も遅々として進まず、物資不足のため棺もない。火葬場も震災の影響で操業停止しており、また例え再開したとしても、とても小規模都市の火葬場のキャパでは捌ききれない。日にちが過ぎ、さらに春めいてくれば、腐敗も進む。土葬の検討も必要だ。
このように、災害地釜石の多種多様な立場の人達が、自らも被災に打ちのめされているにもかかわらず、膨大な震災遺体の処理という抜き差しならぬ現実を突きつけられ、様々な想いを胸に、悲痛な覚悟でその業務にあたってゆく。ある者は責任者として、ある者は専門家として、ある者は業務として、ある者はボランティアとして、ある者は市井の一人として。その様を、抑えた筆致で、それぞれの人々の視点から淡々と綴ってゆくのだ。抑えているがゆえに、むしろ胸に刺さり脳裏に浮かぶような描写がとても印象的で、読み出すと引き込まれてページを繰ってしまう。私にとってこの震災はちょうど愛猫の死と重なっている事もあり、本文中で幾度と無く繰り返される、身内の遺体を前に狂乱し慟哭する人々の描写を読む時は辛かった。

秀逸な記録だと思う。どうやら著者は虐げられた人達、特にその身体としての人間にテーマを持っているようである。別の著作も読んでみようと思った。

本書を読んで気づく事に、その見た目の凄惨さに惑わされ、うっかりやり過ごしそうになる問題点がある。
言うまでもなく、宗教と弔いの問題である。

死者を悼むとは、どういう事なのか。なぜ、それが必要なのか。今回の震災のような、超日常的な事態に際し、行政的な対応が迫られた場合には、個人の趣味趣向を超えた、明確な基準が必要だろう。

仮説の遺体安置所には、誰かが気を利かせてあり合わせの焼香台が置かれ、坊主がボランティアでやってきて、経を唱える。一家全滅などして身寄りのない遺灰は地元の寺の団体が引き取り安置する。
それらは、一体誰が望んだ事なのか。
例えば私は無神論者なので、自分が遺体だったら経など唱えてもらいたくない。妻の遺体に向かっても唱えて欲しいとは思わない。物言わぬ遺体の中には、キリスト教信者もイスラム教信者も存在した可能性はある。
もちろん被害者の一人一人の宗教的指向を調べるなんて事は不可能だ。身元すら分からないのである。しかし、それと、それなら仏教ひとくくりでいいか、という事はまた別だ。
そしてさらに問題なのは、経を唱えるだけという、一見、現場では何の役にも立って無さそうな坊主が遺体安置所を回る事で、そこで働く人々や遺族にとって、実際に精神安定に多大な効果をもたらした事だ。
遺体のためではなく、遺体を取り囲む人々のために、宗教はある、と言う事であろう。
しかし、だからといって、宗教法人の活動を野放図に容認する事は問題がないとは言えない。実際、この機に乗じた檀家獲得合戦を牽制するため、地元の寺は相互監視の団体を設立した程だ。ある意味営業なのである。
完全に宗教色を排除した死者の悼み方、遺体の処理、遺族のケア、などがあれば良いだろうと思う。しかし、宗教はそもそも悼むという語義に内包される様な密接な関係を持つ。

十分な時間を掛け、社会的意識を涵養する事で、遠い将来には、こうした宗教的な呪縛から人は脱却できるのだろうか。構造上それは可能だと私は信じている。

石井光太
遺体 震災、津波の果てに