鉄子の旅/菊池直恵/横見浩彦
最近ハマっている漫画。
先日図書館でふと見かけて何気なく手に取り、面白かったので現在3巻まで読んだ。
鉄(テツ)というのはご存じのように鉄道マニアの異称(愛称・蔑称)な訳であるが、そこから派生して、女性の鉄道マニアを鉄子と称す、という用語はこの漫画で確立されたのではないだろうか。
JR・私鉄全9843駅乗下車という偉業を成し遂げたトラベルライター横見浩彦が推すお奨めの鉄道の旅を、女性漫画家にルポらせる、という企画で始まった漫画。
白羽の矢が立ったのが駆け出しで当時仕事の無かった菊池直恵である。他の作品は読んだこと無いが、クセのない絵柄は読みやすい。前川たけしに何となく似た少年漫画風の絵柄で、どことなくねこぢるや青木雄二といったような濃い雰囲気をほのかに感じる。人物に目がいきがちだが、鉄道の「旅」を伝えなければならないこの漫画で重要な「旅の風景(含む鉄道)」を、漫画的に簡潔にかつ的確に、しかも雰囲気を十分に滲ませて描けているのは素直に上手いと思う。
ローカル線の廃線イベントや、地方私鉄の全駅下車、大都市での大回りや鈍行での長距離の旅など、毎回鉄道ファンなら興味を引かれずにはいられないような旅をチョイスし、横見、菊池そして担当編集の気心の知れた三人旅が繰り広げられる。
ここでポイントなのは、鉄道に乗れるぞ!というだけで狂喜乱舞のマニアの鑑、横見のハイテンションと、仕事だからやってるけど鉄道なんて何にも好きじゃありません、という菊池のクールさの対比である。
鉄子の旅でありながら、鉄子がいないのだ。菊池は鉄道マニアでもないし、鉄道が好きでもない。
東京から十数時間を掛けて鈍行で九州まで行った挙げ句、何も観光せずとんぼ返りするような、鉄道マニアでもなければ苦行としか思えない旅に連れ回され、横見の鬱陶しく恥ずかしいハイテンションに辟易し、菊池は帰りたい、止めたい、飽きたの連発である。
もしも本を売りたいのであるなら、鉄におもねって巧言令色で旅や鉄道を褒めちぎっても良いし、鉄以外にアピールしたいなら観光などにどっと紙幅を割いても良いはずである。
でもそうしない。
あくまでノンフィクションでルポするだけ。トラブルも間違いも、そのまま描く。一般人としての冷めた視点で、鉄の旅を描くのだ。
この、ルポである、という点がミソ。行程の風景を客観的に淡々と描くのみで、菊池の主観や印象などは極力抑えてある。鉄でない菊池が無理してピントのはずれたような取って付けたような感想を描いたところで、誰にも響くものではない、という事を知り抜いているのだろう。連載開始時に悩み抜いてたどり着いた結論なのではないか。ただでさえ漫画家ともあれば自己顕示欲があるはずで、ついつい自分のことを描こうとするはずである。自分の主観で語りがちになるものだ。そこを抑え、自分を殺して、鉄である横見の奇行と彼の愛する鉄道の旅を、客観的に描ききるというのは、こうして言うほど簡単ではないはずであり非常に感服した。
全く鉄道が嫌い、という人でもなければ、誰でも多少は鉄道の旅に関する思い出やロマンがあるだろう。学生時代に、夜行で上京したり、青春18切符で周遊したりした経験を持つ人は少なくないだろう。鉄道自体に関する描画ではきちんと主観を殺してあるため、こういう人達の印象やイメージがスッと投影されうる。駅での乗車のコマがあり、車内のコマがあり、下車のコマがある。ただそれだけの描写であっても、読者は自分の乗車体験をそこにばちっと当てはめることにより、臨場感たっぷりのリアルな乗車イメージをそこから自動的に引き出すことが出来るのだ。省略しデフォルメすることによって逆に強いイメージを引き出す、このさじ加減が素晴らしいバランスなのである。明確な意志をもって、かなり計算して描いているのではないかと思う。
基本はこの生真面目で重厚(?)な鉄と鉄道描写。
しかし、そのベース上で展開されるキャラの物語も、実は結構面白い。
ハイテンションな横見ももちろん印象的だが、やはりなんと言っても菊池のキャラが出色だろう。
もうローカル線の駅なんて飽きたと叫びつつ、それでも横見が見つけ出した駅の絶景には「…へえ」とつぶやく、このソフトな意地っ張りぶりがなかなか沁みるのだ。駅弁一つで機嫌が直るのもグッド。
そして門前の小僧ではないが、旅を続ける内に、徐々に鉄が染みてくる菊池の言動にも注目だ。
「鉄子の旅」は、鉄子が旅をするのではない。
そのタイトルの真意は、「鉄が鉄子を求める旅」、もしくは「立派な鉄子への旅」、そんな印象である。
本物しか伝わらない。だから本物を描こう。この企画で本物なのは、横見の鉄道への愛だ。だからそれを主観で汚すことなくきっちりと描こうと腹を括ったのであろう菊池の決意、それもまた本物であるに違いない。
次巻も非常に楽しみだ。

菊池直恵/横見浩彦
鉄子の旅
先日図書館でふと見かけて何気なく手に取り、面白かったので現在3巻まで読んだ。
鉄(テツ)というのはご存じのように鉄道マニアの異称(愛称・蔑称)な訳であるが、そこから派生して、女性の鉄道マニアを鉄子と称す、という用語はこの漫画で確立されたのではないだろうか。
JR・私鉄全9843駅乗下車という偉業を成し遂げたトラベルライター横見浩彦が推すお奨めの鉄道の旅を、女性漫画家にルポらせる、という企画で始まった漫画。
白羽の矢が立ったのが駆け出しで当時仕事の無かった菊池直恵である。他の作品は読んだこと無いが、クセのない絵柄は読みやすい。前川たけしに何となく似た少年漫画風の絵柄で、どことなくねこぢるや青木雄二といったような濃い雰囲気をほのかに感じる。人物に目がいきがちだが、鉄道の「旅」を伝えなければならないこの漫画で重要な「旅の風景(含む鉄道)」を、漫画的に簡潔にかつ的確に、しかも雰囲気を十分に滲ませて描けているのは素直に上手いと思う。
ローカル線の廃線イベントや、地方私鉄の全駅下車、大都市での大回りや鈍行での長距離の旅など、毎回鉄道ファンなら興味を引かれずにはいられないような旅をチョイスし、横見、菊池そして担当編集の気心の知れた三人旅が繰り広げられる。
ここでポイントなのは、鉄道に乗れるぞ!というだけで狂喜乱舞のマニアの鑑、横見のハイテンションと、仕事だからやってるけど鉄道なんて何にも好きじゃありません、という菊池のクールさの対比である。
鉄子の旅でありながら、鉄子がいないのだ。菊池は鉄道マニアでもないし、鉄道が好きでもない。
東京から十数時間を掛けて鈍行で九州まで行った挙げ句、何も観光せずとんぼ返りするような、鉄道マニアでもなければ苦行としか思えない旅に連れ回され、横見の鬱陶しく恥ずかしいハイテンションに辟易し、菊池は帰りたい、止めたい、飽きたの連発である。
もしも本を売りたいのであるなら、鉄におもねって巧言令色で旅や鉄道を褒めちぎっても良いし、鉄以外にアピールしたいなら観光などにどっと紙幅を割いても良いはずである。
でもそうしない。
あくまでノンフィクションでルポするだけ。トラブルも間違いも、そのまま描く。一般人としての冷めた視点で、鉄の旅を描くのだ。
この、ルポである、という点がミソ。行程の風景を客観的に淡々と描くのみで、菊池の主観や印象などは極力抑えてある。鉄でない菊池が無理してピントのはずれたような取って付けたような感想を描いたところで、誰にも響くものではない、という事を知り抜いているのだろう。連載開始時に悩み抜いてたどり着いた結論なのではないか。ただでさえ漫画家ともあれば自己顕示欲があるはずで、ついつい自分のことを描こうとするはずである。自分の主観で語りがちになるものだ。そこを抑え、自分を殺して、鉄である横見の奇行と彼の愛する鉄道の旅を、客観的に描ききるというのは、こうして言うほど簡単ではないはずであり非常に感服した。
これにより、まず横見という鉄がキャラとして立つ。そしてこの横見キャラに、菊池キャラが非鉄オタの立場から突っ込みまくる、というのがこの漫画の、漫画としての印象の厚さの秘密ではないかと思われる。
菊池の突っ込みは激しく、予定調和のお約束突っ込みなどではなく、鉄の愛する鉄道の魅力を全否定することも躊躇せず、企画自体の存続など歯牙にも掛けない潔さである。
遠路はるばるやってきて横見の紹介する駅の、鉄道の魅力が皆目分からない。理解できない。それを説明しようともしない、表現力のない横見に噛みつきダメ出ししまくる菊池。そしてさらに驚くのはそれを露ほども気に掛けない横見である。読者として時にハラハラとそして時にクスリと見守るこうした応酬が、この漫画のもう一本の柱であることは間違いないだろう。繰り返すが、これをすべて菊池の主観だけでやってしまうとタダの三流エッセイ漫画に堕してしまう。きっちりと客観的に鉄と鉄道を描いているからこそ、こうした揺るがぬ土台があってこその漫画表現なのである。
菊池の突っ込みは激しく、予定調和のお約束突っ込みなどではなく、鉄の愛する鉄道の魅力を全否定することも躊躇せず、企画自体の存続など歯牙にも掛けない潔さである。
遠路はるばるやってきて横見の紹介する駅の、鉄道の魅力が皆目分からない。理解できない。それを説明しようともしない、表現力のない横見に噛みつきダメ出ししまくる菊池。そしてさらに驚くのはそれを露ほども気に掛けない横見である。読者として時にハラハラとそして時にクスリと見守るこうした応酬が、この漫画のもう一本の柱であることは間違いないだろう。繰り返すが、これをすべて菊池の主観だけでやってしまうとタダの三流エッセイ漫画に堕してしまう。きっちりと客観的に鉄と鉄道を描いているからこそ、こうした揺るがぬ土台があってこその漫画表現なのである。
全く鉄道が嫌い、という人でもなければ、誰でも多少は鉄道の旅に関する思い出やロマンがあるだろう。学生時代に、夜行で上京したり、青春18切符で周遊したりした経験を持つ人は少なくないだろう。鉄道自体に関する描画ではきちんと主観を殺してあるため、こういう人達の印象やイメージがスッと投影されうる。駅での乗車のコマがあり、車内のコマがあり、下車のコマがある。ただそれだけの描写であっても、読者は自分の乗車体験をそこにばちっと当てはめることにより、臨場感たっぷりのリアルな乗車イメージをそこから自動的に引き出すことが出来るのだ。省略しデフォルメすることによって逆に強いイメージを引き出す、このさじ加減が素晴らしいバランスなのである。明確な意志をもって、かなり計算して描いているのではないかと思う。
基本はこの生真面目で重厚(?)な鉄と鉄道描写。
しかし、そのベース上で展開されるキャラの物語も、実は結構面白い。
ハイテンションな横見ももちろん印象的だが、やはりなんと言っても菊池のキャラが出色だろう。
もうローカル線の駅なんて飽きたと叫びつつ、それでも横見が見つけ出した駅の絶景には「…へえ」とつぶやく、このソフトな意地っ張りぶりがなかなか沁みるのだ。駅弁一つで機嫌が直るのもグッド。
そして門前の小僧ではないが、旅を続ける内に、徐々に鉄が染みてくる菊池の言動にも注目だ。
「鉄子の旅」は、鉄子が旅をするのではない。
そのタイトルの真意は、「鉄が鉄子を求める旅」、もしくは「立派な鉄子への旅」、そんな印象である。
本物しか伝わらない。だから本物を描こう。この企画で本物なのは、横見の鉄道への愛だ。だからそれを主観で汚すことなくきっちりと描こうと腹を括ったのであろう菊池の決意、それもまた本物であるに違いない。
次巻も非常に楽しみだ。