スラムダンク 30巻・31巻/井上雄彦 | 読んだり観たり聴いたりしたもの

スラムダンク 30巻・31巻/井上雄彦

という事で、ラスト2冊はイッキ読み。

湘北の戦いも、花道の成長の物語も、これで終わりである。
素晴らしい漫画だったと思う。人気漫画である理由を身に沁みて理解した。

この漫画が描いたもの、それは、スポーツの試合というものの本質的な面白さ。そして、あるスポーツを好きになる、という心理がどのようにして育まれてゆくのか、という2点である。

主人公の花道を始め特異で魅力的なキャラをキラ星の如く配し、バックストーリーを丹念に描いて、漫画としての上質なエンターテインメントを醸造しているが、それはこの漫画の本質ではない。
バスケの試合は面白いよ。俺はバスケが好きなんだよ。
ただそれだけの単純な想いを、いかに見つめ続けられるか。その集中の深さ、表現の鋭さこそが、作者の才能だと思う。

だから、終盤、花道に架せられた重い選択肢に読者はたじろぐ。
ルーズボールを拾う超ファインプレー。湘北の命を繋いだ驚異のプレイと引換に、花道は背中を痛める。試合への継続出場、さらには今後の選手生命すら危ぶむ周囲をよそに、花道はダンコたる決意を固める。
花道には、今、この瞬間、バスケットボールをプレイする事が存在の全てだった。
最強の湘北メンバーと一緒に、高校王者の山王工業を相手に、あとたった数分間、ボールを使った遊びを行う。ただそれだけのために、どれだけのものを引き替えようと、どれだけの苦痛に打ちのめされようと、花道はコートに立つ事を選んだ。栄光。天から差す光のように、もし人生にそう呼べる瞬く程の時間があるとするなら、花道にとっては、今がまさに栄光の時だった。
この一瞬のために、全てを費やす。精神も、肉体も、そして生命さえも。
これこそがスポーツの神髄であり、人は何故生きるのかという哲学の答えであり、愚かな人間の最大の愚かさであり、そして同時に人間の最大の素晴らしさでもあるのだろう。

キャプテンの赤木は、バスケで全国制覇が宿願だった。それは履歴書の目玉が欲しかったという事ではない。推薦で大学に行きたかった訳でもない。最高のバスケット技術を身につけて、最強のバスケチームと、同じく最強のチームメイトで、最高のバスケの試合がしたかったのだ。
それこそが、この山王戦だった。
全国大会とはいえ、まだ二回戦。しかし、だれも次の試合など考えていない。今の試合こそが、得られる最高の試合だという事が、皆十分すぎる程分かっていたからだ。
この一瞬に賭けるとは、そういう事である。
だから、この山王戦を描ききったところで物語がぷっつりと終わりを迎えるのは、むしろ自然である。
これ以上の試合なんて無いから。

4ヶ月前、ハルコにつられて、思わずバスケットが好きですと口走ってしまった花道は、物語の最後で、「大好きです」と、再度自分に語るように、ハルコに宣言する。全存在を賭けても良いと言える程、バスケットに魅せられてしまった花道。バスケットへの思いが溢れてゆく様を丹念に描いたこの漫画は、きっと多くの読者に、同じようなバスケット愛を育んでしまった事だろう。

もちろんストーリーという点でも並々ならぬ魅力を持っていた漫画であった。
最も印象的なシーン。花道と流川、最後のハイタッチ。たった4ヶ月だが、密度の濃い4ヶ月を共に過ごしてきた者達。顔を合わせれば反発し、絶対に互いを認めない。しかし本当は誰よりも互いの才能、力量、そしてその意志の力を認め合っている。信頼と言っても良い。そうした二人の全ての想いを描き切ったシーンだったろう。


井上雄彦
スラムダンク 30巻・31巻