バンビ -森の、ある一生の物語/F・ザルテン/上田真而子
以前読んだ、ル・グウィンのエッセイ
で、動物ファンタジーの正統として推されていた本。え?バンビが?と気になっていたので、それ以来読もう読もうと思っていて、ようやく読んだ。
もちろん初めて読んだ訳で、ディズニーの有名なアニメも観た事はなかった(アニメはル・グウィンが糞味噌にこき下ろしていた)。
まあ、誰でも知っているように、この話はまず、バンビと名付けられた、ある子鹿の物語である。冒頭でバンビは生まれ、母に守られ、森の動植たちと触れ合いながら育ってゆく。
まず、読者がはっきりと思い知らされるのは、ぬくぬくと優しい、人工甘味料のようなベッタリ甘いファンタジーなのではない、という事だ。動物たちが考えたり喋ったり、森全体でのうっすらとした社会性を持っていたりする点はもちろんファンタジーだが、それらを除けばむしろシートン動物記のような印象。
物語を貫くのは厳しい自然の掟である。
登場する動物たちの目的はただ一つ。生きる事。生き抜く事、である。
そして、そうした森の動物たちに非情なる脅威として立ちふさがる者、それは「あいつ」と呼ばれる人間であった。
銃を持って動物を狩る「あいつ」から、命からがら逃げまどう。恐ろしいあいつの姿。嫌な臭い。そうした緊迫の描写が実に多くの紙幅を割いて繰り返し繰り返し描かれる。そこには森の動物たちのような対話はない。あるのは一方的な力の行使だけでなのである。人間の下僕になったことで森の動物たちから総スカンを食らう犬がわめく。あの方こそ、全てをなし得、すべてを作りだすお方なのだ、と。
しかし、バンビは知る。
ある日、銃の暴発かなにかの事故で、あいつは森の中の雪原に血まみれで倒れていた。これは、我々森の動物の上にいる存在ではない。全てを為し得る者ではない。我々と同じように血を流し死んでゆく、我々と同列の存在だ。「だから」、我々と、そしてあいつの上に、全てを統べるお方がいるはずだ、という真理にバンビは到達する。それこそが、鹿のおさ、古老として生きるための資質といえる悟りであった。
この作品で徹底して語られるのは、ひとりで生きる事の大切さ、である。
母親との蜜月は瞬く間に過ぎ、あんなに愛しく思った幼なじみの雌鹿からも狂おしい発情期が過ぎれば去ってゆくのだ。森の生き物たち全体との広く薄い交わりはあれど、基本的には、たった一人で生きていくのが雄鹿の宿命なのである。それが生き延びるための道理なのである。仲間の誰よりも齢を重ね、成熟したバンビは語る。「昔の道は、もう歩かない」。それが生きる術なのである。深い言葉だろう。
とにかく、生き延びるか、さもなくば死か、という冷厳な物語である。そしてそれ故に、つかの間の森の生命の躍動する豊かさ、色鮮やかな生き物たちの舞うような生の謳歌が、眩い程に胸に迫るのだろう。
はっきり言って、幼子にはちょっと厳しい恐ろしい話ではないだろうか。
可愛いバンビがちょこちょこしているだけでは済まない訳で、この原作をいかにウォルト・ディズニーが料理したのか、逆にとても興味が湧いてきた。確か職場にDVDがあったと思うので、ちょっと観てみよう。

F・ザルテン/上田真而子
バンビ -森の、ある一生の物語
もちろん初めて読んだ訳で、ディズニーの有名なアニメも観た事はなかった(アニメはル・グウィンが糞味噌にこき下ろしていた)。
まあ、誰でも知っているように、この話はまず、バンビと名付けられた、ある子鹿の物語である。冒頭でバンビは生まれ、母に守られ、森の動植たちと触れ合いながら育ってゆく。
まず、読者がはっきりと思い知らされるのは、ぬくぬくと優しい、人工甘味料のようなベッタリ甘いファンタジーなのではない、という事だ。動物たちが考えたり喋ったり、森全体でのうっすらとした社会性を持っていたりする点はもちろんファンタジーだが、それらを除けばむしろシートン動物記のような印象。
物語を貫くのは厳しい自然の掟である。
登場する動物たちの目的はただ一つ。生きる事。生き抜く事、である。
そして、そうした森の動物たちに非情なる脅威として立ちふさがる者、それは「あいつ」と呼ばれる人間であった。
銃を持って動物を狩る「あいつ」から、命からがら逃げまどう。恐ろしいあいつの姿。嫌な臭い。そうした緊迫の描写が実に多くの紙幅を割いて繰り返し繰り返し描かれる。そこには森の動物たちのような対話はない。あるのは一方的な力の行使だけでなのである。人間の下僕になったことで森の動物たちから総スカンを食らう犬がわめく。あの方こそ、全てをなし得、すべてを作りだすお方なのだ、と。
しかし、バンビは知る。
ある日、銃の暴発かなにかの事故で、あいつは森の中の雪原に血まみれで倒れていた。これは、我々森の動物の上にいる存在ではない。全てを為し得る者ではない。我々と同じように血を流し死んでゆく、我々と同列の存在だ。「だから」、我々と、そしてあいつの上に、全てを統べるお方がいるはずだ、という真理にバンビは到達する。それこそが、鹿のおさ、古老として生きるための資質といえる悟りであった。
この作品で徹底して語られるのは、ひとりで生きる事の大切さ、である。
母親との蜜月は瞬く間に過ぎ、あんなに愛しく思った幼なじみの雌鹿からも狂おしい発情期が過ぎれば去ってゆくのだ。森の生き物たち全体との広く薄い交わりはあれど、基本的には、たった一人で生きていくのが雄鹿の宿命なのである。それが生き延びるための道理なのである。仲間の誰よりも齢を重ね、成熟したバンビは語る。「昔の道は、もう歩かない」。それが生きる術なのである。深い言葉だろう。
とにかく、生き延びるか、さもなくば死か、という冷厳な物語である。そしてそれ故に、つかの間の森の生命の躍動する豊かさ、色鮮やかな生き物たちの舞うような生の謳歌が、眩い程に胸に迫るのだろう。
はっきり言って、幼子にはちょっと厳しい恐ろしい話ではないだろうか。
可愛いバンビがちょこちょこしているだけでは済まない訳で、この原作をいかにウォルト・ディズニーが料理したのか、逆にとても興味が湧いてきた。確か職場にDVDがあったと思うので、ちょっと観てみよう。