まんまんちゃん、あん。/サトウナンキ/きづきあきら
職場にあったので読んだ。全3巻。
主人公は表紙の女子高生めぐり。一見してヘンテコなタイトルとロリ巨乳キャラから、内容を訝しむ向きもあるだろうが、日本の寺僧問題と人生の意味をテーマにした割合硬派なマンガである。
6人姉妹の三女として生まれ、極貧生活の中で逞しく育っためぐり。極貧も苦労も気にも留めず、しっかり者の働き者で、愚痴もこぼさず朗らかで、いつも家族のためにと優しく、家事もバイトも笑顔で頑張る、そんな絵に描いた様な「逸材」を檀家衆は見逃さなかった。
中規模寺院の随徳寺は、現住職の息子僧侶が二人いたが、長男の信玄は女性に興味を示さず、縁談にもつれなく、跡継ぎ問題で檀家連中は気を揉んでいた。ただでさえ、住職の妻などはその過酷な労働環境に、なり手が無いというのに。そこへある意味騙して縁談の場に連れてこられためぐり。
しかし、めぐりはその場であっさり信玄との結婚を快諾した。
卒業を控えてまだ就職先が決まらない焦り。姉に学業を続けさせたい。下の三つ子の妹達を進学させたい。物理的に居場所のない部屋を広くしてあげたい。
行き場のない自分に与えられた場所をめぐりは手放すまいとしがみついたのだ。
しかし、それだけではない。1年間の交際の間に、信玄の人となりに触れ、その僧として人としての深さ、優しさに惹かれてゆく。めぐりは、信玄が、そして彼の寺が本当に愛おしくなってゆく。
卒業を待って結婚しためぐりと信玄だったが、ほのぼのとした幸せは幻のように消えてしまった。新婚2ヶ月、ほんの些細な事故で信玄はあっけなく死んでしまったのである。
信玄の四十九日が過ぎた頃、日本の寺僧世界の暗部を露呈するかのように、様々な思惑がうごめき出す。
現住職の寺庭、つまり尼になってない妻である信玄の母は、次男の一円を跡継ぎとして檀家に正式に認めてもらおうと動き始める。なぜなら、寺というものは宗教法人の財産であるので、夫である現住職が死んでしまうと、寺の跡継ぎが実の子で無ければ、元住職の妻など、無一文で放り出されるより他に無いからである。
一方の一円は、世襲で寺を継ぐという事に疑問を持っていた。また一円の彼女の岬は、住職の妻の悲惨さを知っており、寺を継ぐなら別れると、はっきり問題に片を付けるよう一円に迫る。理想家だが優柔不断で決断力のない一円は、問題を先延ばしにするほかなかった。
檀家の一部は、めぐりを手放すまいと画策する。貧乏で鍛えられた、明るく働き者で何より寺を愛するめぐりは、まさに坊主の妻として鉦や太鼓で探しても見つからないような逸材であった。一円のような並の僧侶の代わりはいても、めぐりのような女性はいない。そこで、めぐりに、新に一円と結婚するよう説得する。そんな話はめぐりの人権侵害だと憤る一円。
随徳寺の僧侶恵春は、自分には関係のない後継問題には一線を引いて関わらずに来た。しかし、寺を手に入れる事が出来るかも知れないという思いもしなかった選択肢を前に、めぐりへの恋愛感情も手伝い、自分と結婚して寺を継ぐ事に加担するよう迫り、めぐりを襲い、無理矢理関係を持ってしまう。
さらに、檀家の大立て者は、菩提寺の未来を見据え、これはと見込んでいた在家の僧侶慈恩を、後継候補として寺に送りこむ。一見乗っ取りを企むワンマンなエリート野心家に見える慈恩だが、その実、寺の将来を見据えた上で、さらに亡き信玄の遺徳を継ごうと真面目に取り組む器の広さを持っていた。彼は僧侶の妻としてめぐりの得難い才能に惚れ込み、自分と結婚し寺を守ろう、信玄のこころを守ろうと訴える。
こうしたそれぞれの思惑が入り乱れ、泥沼の争いが繰り広げられる中、当のめぐりは吹き流しのように翻弄されていた。
めぐりの気持ちは、死んだ信玄が持って行ってしまっていた。信玄の思いと共にいたい、彼の寺を守りたい。
だから、寺に残れるのなら、誰の提案でも受け入れた。誰とでも結婚しても良いと思っていた。
むしろ、結婚はしても、私を好きなどとは思ってくれない方がいい、とさえ思っていたのだ。
いつも笑顔でいる、めぐり。そのめぐりの、本当の表情は何だろう。エゴ、慈愛。本当の気持ち。本当の願い。自分を偽って得た場所に、本当の心の居場所はあるのだろうか。
…というようなお話である。
ドロドロやった後、うまく結末もまとめており、読後感も良い。
最愛のものを失った哀しみに耐えるために、寺や仏はあるのだ。
忘れられない哀しみではなく、哀しみを忘れてしまう哀しみ、そして恐れ。それでも人は生きてゆく。それこそが生きてゆく、という事である。
そんなところがテーマだろうか。
正直、無神論者としては、寺問題のゴタゴタ何ぞは興味なくどうでも良い。個人的には、僧というのはサービス業だと思っているから、寺の存続というのは、パチンコ屋の存続、と同じ印象である。
が、仏教と絡めて人生の意味を問うストーリーは、なかなか良いと思う。
絵柄は好き嫌いあるだろうが、個人的にはイマイチ。ボーダートーン多用するなあ、という印象。
ちなみにタイトルの言葉は、「仏様にお願いする、頭を下げる」という様な意味の関西の幼児言葉という事だ。

サトウナンキ/きづきあきら
まんまんちゃん、あん。
主人公は表紙の女子高生めぐり。一見してヘンテコなタイトルとロリ巨乳キャラから、内容を訝しむ向きもあるだろうが、日本の寺僧問題と人生の意味をテーマにした割合硬派なマンガである。
6人姉妹の三女として生まれ、極貧生活の中で逞しく育っためぐり。極貧も苦労も気にも留めず、しっかり者の働き者で、愚痴もこぼさず朗らかで、いつも家族のためにと優しく、家事もバイトも笑顔で頑張る、そんな絵に描いた様な「逸材」を檀家衆は見逃さなかった。
中規模寺院の随徳寺は、現住職の息子僧侶が二人いたが、長男の信玄は女性に興味を示さず、縁談にもつれなく、跡継ぎ問題で檀家連中は気を揉んでいた。ただでさえ、住職の妻などはその過酷な労働環境に、なり手が無いというのに。そこへある意味騙して縁談の場に連れてこられためぐり。
しかし、めぐりはその場であっさり信玄との結婚を快諾した。
卒業を控えてまだ就職先が決まらない焦り。姉に学業を続けさせたい。下の三つ子の妹達を進学させたい。物理的に居場所のない部屋を広くしてあげたい。
行き場のない自分に与えられた場所をめぐりは手放すまいとしがみついたのだ。
しかし、それだけではない。1年間の交際の間に、信玄の人となりに触れ、その僧として人としての深さ、優しさに惹かれてゆく。めぐりは、信玄が、そして彼の寺が本当に愛おしくなってゆく。
卒業を待って結婚しためぐりと信玄だったが、ほのぼのとした幸せは幻のように消えてしまった。新婚2ヶ月、ほんの些細な事故で信玄はあっけなく死んでしまったのである。
信玄の四十九日が過ぎた頃、日本の寺僧世界の暗部を露呈するかのように、様々な思惑がうごめき出す。
現住職の寺庭、つまり尼になってない妻である信玄の母は、次男の一円を跡継ぎとして檀家に正式に認めてもらおうと動き始める。なぜなら、寺というものは宗教法人の財産であるので、夫である現住職が死んでしまうと、寺の跡継ぎが実の子で無ければ、元住職の妻など、無一文で放り出されるより他に無いからである。
一方の一円は、世襲で寺を継ぐという事に疑問を持っていた。また一円の彼女の岬は、住職の妻の悲惨さを知っており、寺を継ぐなら別れると、はっきり問題に片を付けるよう一円に迫る。理想家だが優柔不断で決断力のない一円は、問題を先延ばしにするほかなかった。
檀家の一部は、めぐりを手放すまいと画策する。貧乏で鍛えられた、明るく働き者で何より寺を愛するめぐりは、まさに坊主の妻として鉦や太鼓で探しても見つからないような逸材であった。一円のような並の僧侶の代わりはいても、めぐりのような女性はいない。そこで、めぐりに、新に一円と結婚するよう説得する。そんな話はめぐりの人権侵害だと憤る一円。
随徳寺の僧侶恵春は、自分には関係のない後継問題には一線を引いて関わらずに来た。しかし、寺を手に入れる事が出来るかも知れないという思いもしなかった選択肢を前に、めぐりへの恋愛感情も手伝い、自分と結婚して寺を継ぐ事に加担するよう迫り、めぐりを襲い、無理矢理関係を持ってしまう。
さらに、檀家の大立て者は、菩提寺の未来を見据え、これはと見込んでいた在家の僧侶慈恩を、後継候補として寺に送りこむ。一見乗っ取りを企むワンマンなエリート野心家に見える慈恩だが、その実、寺の将来を見据えた上で、さらに亡き信玄の遺徳を継ごうと真面目に取り組む器の広さを持っていた。彼は僧侶の妻としてめぐりの得難い才能に惚れ込み、自分と結婚し寺を守ろう、信玄のこころを守ろうと訴える。
こうしたそれぞれの思惑が入り乱れ、泥沼の争いが繰り広げられる中、当のめぐりは吹き流しのように翻弄されていた。
めぐりの気持ちは、死んだ信玄が持って行ってしまっていた。信玄の思いと共にいたい、彼の寺を守りたい。
だから、寺に残れるのなら、誰の提案でも受け入れた。誰とでも結婚しても良いと思っていた。
むしろ、結婚はしても、私を好きなどとは思ってくれない方がいい、とさえ思っていたのだ。
いつも笑顔でいる、めぐり。そのめぐりの、本当の表情は何だろう。エゴ、慈愛。本当の気持ち。本当の願い。自分を偽って得た場所に、本当の心の居場所はあるのだろうか。
…というようなお話である。
ドロドロやった後、うまく結末もまとめており、読後感も良い。
最愛のものを失った哀しみに耐えるために、寺や仏はあるのだ。
忘れられない哀しみではなく、哀しみを忘れてしまう哀しみ、そして恐れ。それでも人は生きてゆく。それこそが生きてゆく、という事である。
そんなところがテーマだろうか。
正直、無神論者としては、寺問題のゴタゴタ何ぞは興味なくどうでも良い。個人的には、僧というのはサービス業だと思っているから、寺の存続というのは、パチンコ屋の存続、と同じ印象である。
が、仏教と絡めて人生の意味を問うストーリーは、なかなか良いと思う。
絵柄は好き嫌いあるだろうが、個人的にはイマイチ。ボーダートーン多用するなあ、という印象。
ちなみにタイトルの言葉は、「仏様にお願いする、頭を下げる」という様な意味の関西の幼児言葉という事だ。