大阪ハムレット/森下裕美 | 読んだり観たり聴いたりしたもの

大阪ハムレット/森下裕美

あれ、何かこのタイトル、新聞で見かけた事があるな~、という事で手にしてみた。
著者は、アザラシの出てくる「少年アシベ」で有名だが、アシベも他の作品も読んだことなく、キャラしか知らなかった。自分でもダメだな、とは思っているが、結構保守的で頭が固く、意固地な先入観で判断するような所があるので、要はアザラシの可愛いキャラがチョコチョコする漫画やろ、いらんいらん、みたいに決めつけてしまっていて読まなかった。

で、この漫画を読んでみた訳だが、びっくりした。凄く面白い。
ファンタジーではなく、大阪の下町を舞台に、人情の機微を描いたドラマである。

作者の特徴的な作画である、細線で固く引いた個性的な表情のキャラは、最初は馴染めなかった。どれこもれもボテッとしたヒラメ顔で愛嬌はあっても魅力はどうかな、と本書のカバーを見て不安に思ったが、しかし全くの杞憂だった。
ヒラメ顔の生き生きとした魅力が素晴らしい。むしろ、ボテッとした一重のヒラメの微妙な表情を、よくぞまあこれだけ描ききる事ができるな、と感嘆した。

タイトルにあるように、大阪の街の話である。関西弁バリバリだ。
郷里の岐阜より出てきて早20年。もはや関西での暮らしの方が人生で長くなってしまった。ゆえに、今では、ネイティブではないものの関西弁スピーカーである。多分、本当に関西弁で生まれ育った人が聞けば、イントネーションや単語のチョイスがおかしく、フレーズのレパートリーも偏っていて、こいつ関西人じゃないな、と一発で見抜かれるだろう。しかし、無意識に口をついて出るのは関西弁(もどき)であるし、言語による思考も関西弁(もどき)になってしまっている。
このように哀れな境遇の私であるが、さらに悲惨な事には、本人がじつは関西弁が好きではないのである。
どうにもベタッとした接触感が性に合わないのである。にもかかわらず、聞くのも話すのも関西弁。
しかし、もちろん関西弁を愛する関西人は多い訳で、文学にしろ漫画にしろ関西弁の良さを活かした作品というのも星の数ほど生み出されているが、個人的に見聞きした範囲では、正直あまりピンと来るものはなかった。
今回、この作品を読んで、初めて関西弁で表現する意味とその良さを少しだけ感じた気がする。

物語は4人の主人公の異なるショートストーリー6話で構成。つまり続編が2本。それぞれの主人公は面識がないが、狭い街の話である。通行人になったり、家族などを通して間接的に関与したりと、チョコチョコと関係が顔を出している。テーマは様々だが、ベースとなるのは、人と人とが一緒に生きる事、この大切さをじっくりと描いているようだ。
父親の死後間もないのに、「おっちゃん」と母と一緒に暮らすヤンキー少年の、血縁と幸福についての小さな苦悩を描いた表題作をはじめ、なかなか子供ができない夫婦のすれ違いと信頼の話、嘘を付いて8才年上の彼女と必死に交際しようとする中三男子の話、などなど、どれも良い味わいだが、やはり一番好きなのは、性同一性障害(だと思うが)で女の子になりたいと頑張る少年ヒロ君の話である。
それが大変な事であると思いもしないまま、学級会で、女の子になりたいと思ってるけど、真剣やからからかわないでと発表したヒロ君。意外にもみんな好意的で協力的。なんと学校祭では、堂々と女の子の格好できるからと推されてシンデレラを演じる事に。それでもやっぱり意地悪をする奴や、無理解な大人などがいる。心が真っ黒になって潰されてしまいそうにもなる。しかし、励ましてくれた人達の気持ちを糧に、ヒロ君は学園祭でのシンデレラを演じる。アキおばさんのドレスを着て。
大好きだったアキおばさんは、(多分)白血病で死んだ。正確に言うと、白血病で死んでゆく辛さに耐え切れず車道に身を投げたのだ。つい最近の事である。人間、死んだら終いやん。その思いがヒロ君に、心が自由でいられるように生きる、という決意をもたらしたのだろう。
とは言っても小学4年生。舞台上で大人から野次られる辛さは相当なものである。ホンマ関西人は品がないな。
それでもその重圧をはねのけて、宝塚の男役を目指すマーコに散々練習を付き合ってもらった舞踏会のシーンを、ヒロ君は踊りきる。そのシーンには本当に感動した。ヒラメ顔で小学生男子のヒロ君の演じるシンデレラの、なんと美しい事か。心の自由への謳歌が滲み出たかのような素晴らしい作画だと思う。
女として生きる人生、幸せについて考える、ヒロ君のその後の話も収録でヒロ君ファンには嬉しいところ。

作品に通底するのが、関西人らしい、ええやん、と言うような許容。本人がええならええやん。生きとったならええやん。目の前に幸福があるなら、それでええやん。

漫画としても、表情豊かなヒラメ顔は書いた通り、さらには、シンプルな線でサラッと引いたような人物の存在感とか、手先の表情とか、ポーズのリアリティとか、とても読み応えのある印象。
すっかりファンになった。

早速2巻を入手せねば。

森下裕美
大阪ハムレット