困っているひと/大野更紗 | 読んだり観たり聴いたりしたもの

困っているひと/大野更紗

難病に冒された若い女性の手記である。
闘病記ではないと冒頭にあるが、その通り、多少特殊な本となっている。
昨年あたりかなり話題になったので読んでみた。

感想を一言で言うと、大変残念な本だと思う。

本書執筆時点で著者は25才。一回りちょっと違う年齢差だけでは、この感性の違いは説明できない。
敢えてそうしたのだとは分かるが、最初から最後まで、ベッタリと滲んだ著者の感性・感覚、そしてスタイルに、私はとうとう共感したり馴染んだりする事ができなかったのだ。果たしてそこは押すべき所だったのだろうか。本書の意図は、個性の表現なのか、窮状を訴える事なのか。虻蜂取らずの結果として、どちらとも付かない曖昧な印象に終わってしまっており、誤解される割合も増えたことだろう。

著者は、上智大学大学院でビルマ難民の研究に現地を飛び回っているさなか、突然の難病に倒れる。1年間あちこちの病院をたらい回しにされても診断が付かず、ゆえにもちろん治療もなく、死を覚悟して飛び込んだ最後の病院が運良く「オアシス」であり、そこで9ヶ月の入院生活を送った後、退院して今に至る。国の難病指定にされている自己免疫疾患系のその病気は、もちろん容易に治癒するものではなく、むしろ治療法すら確立されておらず、だましだまし対症療法を行いながら、生涯疾病と付き合っていかなければならない。24時間365日発熱し、体中の筋肉関節は痛みで動かせず、至る所に炎症ができた。治療といってもステロイドの錠剤を飲む以外にできる事はなく、むしろその副作用である免疫力の低下や、体調の悪化と闘う日々である。

思い立ったら一直線の性格で、ビルマ難民研究に飛び込んで、「困っているひと」の助けになるべく奮闘してきた著者は、一転、自分自身が「困っているひと」になってしまった訳である。

こうした紆余曲折から始まり、主に入院生活での闘病を記し、身体障害者として福祉行政のあり方を問い、死の淵をさすらう一つの命としてのエッセイを綴るのである。

が、その文体が、独特で軽い。というか、とても知性は感じるものの、非常に内向的で、自己愛的なのだ。当たり前といえば、当たり前かも知れない。たとえ自己憐憫に溢れた愚痴を書き殴ったとしても、実際、彼女はそれだけの目に遭っていると思う。しかし、多分そうではない。そういうのとは若干ニュアンスが違って、彼女の生来の個性として難病発症前からの性格がそうなんだろうな、という部分を「個性」としてモロに開帳しているのだが、敢えてキツイ言い方をすると、それが凄く鼻についてくるのだ。
スッと馴染んで共感できるひとも多いのだろう。十万部超の大ヒットである。ただ、私には合わなかった。読んでいて思い出したのが、津村記久子「ポトスライムの舟 」の主人公の内向性との相似である。

それを一言で説明すると、つまり、彼女には彼女を中心とした一つの世界しかないという事だ。他の人々にもそれぞれを中心とした世界があるのだ、という認識が抜け落ちているか、もしくは極めて弱い。
つまりはある種想像力の欠如なのだろうか。この世界の色は、自分が見えている色ですべて塗られていると考えている。その一色だけが、世界の真実だと思いこんでしまう。

決して傍若無人ではないし、ワガママ放題でもない、常識も持ち合わせている。知能も観察力もあり、医師や看護師や他の患者への気遣いも怠りない。しかし、それはあくまで、自分の世界というスゴロク上にあるコマへの配慮なのである。他人がスゴロク上で自分の思惑通り安定して動いていれば安心する。だが自分の希望と異なる動きを見せたコマは、驚くほどあっさりと無視または拒否される。自分の世界から排除しようとする。それを認める事ができない。自分自身が自分のスゴロク盤のコマにどう思われているかではなく、相手の世界で、現実としてどう立ち現れているのか、という想像が及ばない。
だから他人に依存することはあっても他人を信頼する事はない。他人の批判をしたり、自省する事はあっても、他人からの批判を直接的に素直に受け入れる事はない。他人からの援助に対し、歓喜はあっても、本当の意味での感謝はない。

自分の小さな箱庭世界を不可侵と守り、外部からの干渉を許さず、外部へも干渉せず、その中の小さな色の変化だけを世界の動きと見つめ続ける。

これは批判ではない。難病もなにも関係なく、本書を読んで感じた著者の感性が、こうではないか、という観測である。そしてその印象が、個人的には、非常に馴染めない性質のものであった、という事だ。

そして、それを端的に示し、拍車を掛けるのが、独特の文体である。
例えば、本書には、あだ名のような独自の語彙が溢れている。故郷をムーミン谷、両親をムーミン2匹と呼んだり、主治医はクマ先生、自身は難病女子、その他、オアシス、ワンダーランド、ペーパー、モンスター、難病ミッションインポッシブル、おしり、etc。これらは全てを一旦自分の世界に安置させる、という儀式みたいなものだという印象だが、何より、非常に読みづらい。また、その無用の変換には愛情の温もりを感じない。
そして軽妙な比喩とパロディの入り交じった、妙に浮ついた文章。一見、自らの苦境をあえてユーモアを交えて書くという風にも見えるが、そうではない。ユーモアというものはあくまで読者など相対する者とのコミュニケーションであるが、著者のそれは不必要に独善的断定的で、読者の追従を許さない。

ただ、もちろん良いところもある。著者の受けた苦難に比べたら天国のように快適なものであったが、それでも休職して都合3ヶ月入院し、4回の全身麻酔での手術を経験した身には、首肯する記述も多く、一部のシーンの描写は大変素晴らしいものがあった。

それだけに残念である。


大野更紗
困っているひと