デトロイト・メタル・シティ/若杉公徳 | 読んだり観たり聴いたりしたもの

デトロイト・メタル・シティ/若杉公徳

先日職場で途中までの半端セットを拾った。
スタッフが映画版を見てて、面白かったですよ、ということで妻が読み出したのでつられて読んでみた。
すると意外にも妻が大ハマリして驚いた。結局完結まで買い増して読了。

インディーズシーンを席巻するデスメタルバンド、デトロイト・メタル・シティ(DMC)。そのリーダーでボーカル・ギター担当の、クラウザー2世は周囲を圧する威容で、凶悪なパフォーマンスを誇る。しかし、素顔の彼は、ポップ嗜好の気弱な青年、根岸崇一だった。
オシャレに憧れメタルなど毛嫌いしている彼は、所属するデスレコードの女社長に脅されこづき回されて、いやいやステージに立つ。
しかし、一旦ステージに上がると、普段の内なる鬱屈を爆発させるようなパフォーマンスと驚異の音楽テクニックで、無理矢理書かされたはずの自作のメタル曲を観衆に叩き付けて圧倒し、火がつくような熱狂を勝ち得る。
ステージ上の彼は、まるで別人格である。普段の気弱で優しくオシャレを愛する青年は微塵もない。衝動的で破壊の限りを尽くす悪魔そのものなのだ。そして、この別人格は徐々に侵食してゆく。素顔では何も言えない根岸は、しばしばクラウザーの衣装と化粧を身に纏い、悪魔的な衝動に身を任せて鬱憤を晴らすようになる。そして、クラウザーでない時ですら、徐々にクラウザー的な思考や行動が現れるようになる。
根岸は無理矢理やらされた音楽で変わってしまったのだろうか?それとも、もともと彼の内部に眠る本性と才能が発露したのだろうか?誰も歯牙にもかけない外見と裏腹に、その奥底に眠るデスメタルモンスターとしての原石の輝きを見抜いて、女社長は彼をスカウトしたのだろう、と、読後はそう思わざるを得ない。

これは、そんな根岸の苦悩とギャップがもたらすドタバタを描いたギャグマンガである。
絵はそんなに上手くないし、なにより、全編、デスメタル的な猥雑さに溢れており、まあ、とても良家の子女にはお勧めできない部類のマンガである。そんな、ある意味自虐的なパロディとさえ言えるほどの下品さがこの作品のベースであり、そこで爆発的に放出されるクラウザーの破壊的行動やその結果の展開がある意味カタルシスをもたらす構造になっている。

しかし、マンガの構造自体は、少年漫画というよりむしろコロコロに連載されているような児童マンガに近い。幸運や偶然、そしてもちろん時には実力で、絶体絶命のピンチを無理矢理に切り抜けていくという、古典的な「何とかなってしまうギャグ」や、そうした空気を醸成する、広義の意味での観衆と、作品を一緒に見守る一体感が、この作品のキモだろう。そこにパロディとパワーとカタルシスを持ち込んで、成人向けの猥雑なテイストで塗り固めたものが本作ではないか。

テーマとして特に重要なのが信じる心の扱いである。DMC信者は、クラウザーに心酔し微塵も疑わず、本気で悪魔もしくは悪魔的な凶悪な人物と信じ切っている。もしくは、皆、そう信じ切っているという設定と雰囲気を過剰に尊重して、そうしたロールプレイを心底から演じている。芸能ファン心理としては良くあるものだし、政治や宗教における行動原理と同じだ。
もう一つは、根岸の大学の同級生で、密かに思いを寄せる相川が根岸によせる信頼感だ。
彼女は、ポップでオシャレな音楽を目指す根岸を心の底から応援し、ある意味常人には不可能な理解を示す。多分、根岸自身の音楽世界を理解できるのは世界中で彼女ぐらいのものだろう。クラウザーと化した根岸は、相川であろうと容赦なく、いやむしろ、相川だからこそ、彼女の嫌うデスメタル的な嫌がらせをしてしまう。ずっと一途な彼女の気持ちに気づかず、一人で空回りして、過剰に求めたり、身勝手に突き放したり、彼女の存在に甘えたそうした関与の仕方はまるで小学生の初恋である。

根岸にとって、デスメタルは、嫌悪すべき汚点であると同時に、自分自身の深い部分を表現し、自身に価値を見いだす事のできる、魂の一部である事に気づいてゆく。
他人との相互関係という分野において、デスメタルを通じた極めて特異な形状であるものの、根岸は多数のファンと強固な信頼関係を築き上げる事に成功した。
それならば、次は、相川はそんなクラウザーとしての自分を受け入れてくれるのか。この物語のエンドでは明らかにされる事はなかったが、彼女が根岸に寄せる信頼感の深さを思えば、その読後感は明るい印象に包まれていると言える。

バカ、としか評せない程の下品さがこの作品のキモであり、ドン引きギリギリ、時にはやや越えてしまうな悪趣味や、強引でどうしようもない展開から無理矢理納めてしまう破壊的なギャグと共に、心のフィルターを外して素直に楽しむ(凝り固まった価値観からそれができる人は意外と少ないだろう)のが、この作品とのつきあい方だろう。
頭が割れそうな爆音デスメタルだが、しばらく聞く内に、実は腹に響くような重低音の振動が心地よいマッサージ効果をもたらす、というようなものではないだろうか。

細かいところに、他のマンガ作品などのパロディネタも多く、いろいろ見つけると楽しい。
個人的には、和田君のどこまで行っても常識人の所が、かなりツボであった。

たとえ音楽関係でなくても、モノを造る表現者であれば、笑い飛ばす裏で、根岸の才能にチラとでも嫉妬を覚えない者は、きっといないだろう。音楽関係者にファンが多いと言われるのはそうした理由からかも知れない。


若杉公徳
デトロイト・メタル・シティ