愛猫みけぼんが亡くなって半年 | 読んだり観たり聴いたりしたもの

愛猫みけぼんが亡くなって半年

もう半年が過ぎてしまったのだ。
この半年、みけぼんのいない寂しさを思わない日は無かった。

創作の中などではしばしば、死んだ人間のことを長い間一日たりとも忘れたことがなかったと漏らす人物が出てくるが、誇張もしくは創作特有の表現だろうと思っていた。
節目の日や時々は思い出しもするだろうが、いくら家族とはいえ、毎日毎日、死んでしまった人のことばかり考えても仕方あるまい。そもそも、日々新しいことがあり、やたら忙しい現代で、そんな暇がある者も少ないだろう。
そう考えていた。
実際、昨年亡くなった祖父についても、当初は枕を濡らす日々が続いたが、その後はすぐに自分の意識の中でのポジションが固まり、安定し、意識して想起すれば当然その寂しさと共に祖父の印象はまざまざと蘇るが、そうでなければ、忙しない日常の中では、常に念頭に存在したり脈絡なく突然に意識に上ったりするような事は少なくなっていった。思考の過程でかつての存在としての祖父が記号的に出てくることはもちろん日常茶飯だが、祖父の死という断崖にたららを踏み、その喪失の事実に足をすくませ、寂寥の風を背に感じるような感覚は、今や月に1度もあるかどうか、という所だ。そういや爺さん死んじまったんだな、ぐらいの認識さえも毎日発生するという訳ではなく、祖父のことをチラリとも思い出さない日々が続くこともなんら珍しいことではない。
つまりは生前の祖父に対する印象レベルに戻っていったという感じである。
これは良いことである。
忘却は人間が獲得した才能である。もし何も忘れることができなければ、あふれかえる感情の渦に呑まれ、決意は揺らぎ、注意は散漫し、幻と現実の区別は付かず、新しい知識を記憶する場所もなくなってしまうだろう。
人は過去を過去とすることで、現在を手にすることができるのである。

以前のエントリでも書いたように、みけぼんのことも自然に忘れてしまえばよいと思っていた。寂しさは微かな涼風のように残れども、楽しかった想い出を安定した暖かな気持ちで懐かしむようになれば良いと思っていた。しかしそうはならなかった。

みけぼんのいない寂しさ、という胸を突き刺すような鈍い痛みを感じない日は無かった。亡くした当初に比べその時間は少なくなり頻度は落ちているものの、みけぼんのことを考えずに過ごす日は無かった。声を上げて泣くことは減ったが、目が潤み涙を落としそうになることは今でもしばしばある。仕事中突然に、みけぼんを失った寂しさで心が溢れ、歩きながら、また倉庫の陰などで、涙ぐみながらしばし時を過ごすことも時々はある。

ある意味仕方のないことだろう。この13年ずっとこの場所で共に暮らしてきたのである。どこを見てもどっちを向いても、みけぼんを思い出さないようなものはないのだ。郷里の祖父とはそこが違うのである。

前回、デジカメ写真を整理してプリントしたいと書いたが、できなかった。
見られないのだ。取り貯めた画像を整理しようと見始めると、寂しくて涙がこぼれてくるので作業が少しも進まないのだ。毎度毎度涙で打ちのめされるたび、作業自体が辛くなって止めてしまった。

なるほど、世間の人が言うように、本当に一日たりとも忘れないという事があるものなのだ、と認識し自分自身驚いた次第だ。もちろん全ての人がそうではないだろうが、人間の意識というのは、意外と柔軟性に欠け、切り替えが下手なようである。
去る者日々に疎しというが、私は対人関係においてはかなり執着が少なく淡泊だった。コミュニケーションが嫌いな訳ではない。昔から、来るもの拒まず去る者追わず、といった感じで、自分から継続的な関係を希求する方ではなかった。冷淡に自己と他者を峻別するタイプだと思っていた。だから例え家族であっても、妻であっても、それを失ったときにはすぐに淡々と切り替えることができるだろうと考えていた。所詮、自己以外は他者である。状況や雰囲気による表層的な感情とは別に、理性的な判断が根底を支配する筈だろうと。
しかし、そうではなかった。そのような自己評価と目論見はもろくも崩れてしまった。

それは、みけぼんは、他者ではなく、自己の一部だったからだろう。「流れとよどみ」でもアニミズムと他者の心の問題がテーマとして数話あった。何に心を見いだし、立ち現れる他者の心を自分からどの程度の距離に位置させるか、それによりその人の心象風景は変わる。長い共同生活の中で、みけぼんは私から切り離すのが難しいほどに自己の内側へ食い込んでしまっていたのだろう。私のような淡泊な人間は自己の範囲が極限られた狭い空間であるのに対し、この自己の領域がかなり広大な人間もいるだろう。そうした人はその拡大した自己の巻き込んだ多数の他者に、私にとってのみけぼんのように、非常に重きを置き、自己の目的と行動に対して多大な影響力を与える存在と認識しているのだろう。

何という枷だろうか。
死んでいなくなってしまったもののもつくびきから、我々は容易には逃れられないのである。
自由だと思っていた人間精神は、実は、繋がれた鎖に気づかない囚われの身の上であった。こうした俘虜の宿命が愛と呼ばれるものの代償だとするならば、なんともむごい構造ではないだろうか。こうした構造ゆえ、そもそも愛することを臆する人がいるというのなら、それは無理のない話ではないかと思う。

毎日毎日みけぼんのいない寂しさを感じ続ける日々は、しばらく続くだろう。
まだ半年である。
そのうちきっと、穏やかに楽しかった想い出の中でゆっくりと会える日が来るだろうと願っている。