ゲド戦記
金曜ロードショーで放映していたのでとりあえず録画しておいたのを見た。
かなり酷評されている映画だし、映画の内容以外の部分でも様々な要素が取り沙汰されており、正直映画としては別に何の期待もしていなかった。むしろ、どこまで酷い出来なのかを見てみたいという、わくわくとする下世話な期待が興味の本体だった。
こうした原作ものでは、原作に対する愛情や信仰の程度によって、二次作品の評価が大幅に影響を受けるだろう。ちなみに、私は原作の小説は全く読んだことがない。また、ジブリ作品というブランドに対する信仰もない。
そういう訳で、この映画をできる限り外野の雑音から遮断して、単なるただのアニメ映画として評価してみた。
まず、見終わって考える。この映画を見て良かったかどうか。自分の貴重な2時間と引換にする価値はあったのか。
これははっきりと良かったと思った。
何が一番良かったかというと、歌が良かった。挿入歌のテルーの唄、表題歌の時の歌、共に素晴らしかった。
エンドロールで、谷山浩子、新居昭乃とあったのを見て納得した。
特にテルーの唄は、聞き惚れた。素直に心に沁みた。
それ故、非常に残念でならなかった。
テルーの唄を聴いてアレンが涙を流す。テルーの来し方への想いを込めた唄がアレンの摩耗した心の奥底に届き、その涙が、テルーの心に届く。拒絶する壁を払い心を通わせ始める。
アニメ映画として、このシーンさえもうすこし上手くできていたなら、映画に命の火が入った事だろう。あんなにのっぺりさらりとした演出では勿体ない。本当に残念である。
また、絵が大変良かった。特に色遣いが素晴らしく、単体で見たときのシーンの映えは印象深いものが多かった。
声優を使わない、というのがジブリのポリシーなのかも知れないが、良し悪しだ。朴訥とした自然な感じが出るというのは分かるが、合ってないと単に棒読みする素人というだけだし、例え俳優であっても、すごく聞き取りにくい場合が多いので、正直プロを使って欲しいと思った。ただ、菅原文太のハイタカだけは、まあ良かったと思う。
ストーリー。何をか況やである。どんな物語背景があろうと、その2時間で伝わらなければ意味がない。ほんの一言二言の台詞で世界観、背景、その他用語、そうした諸々を説明っぽく早口で語ることの繰り返しでは、伝わるものも伝わらない。独白での説明語りは能なしの採る表現手法だ。
アレンの心の闇は何だったのか。父殺しまでさせた闇である。アレンという人物が生きていない。
エピソードがてんでバラバラ。展開に説得力がない。ついていけない。
世界の秩序はなぜ均衡を失ったのか?クモのせいなのか?クモを倒せばOKな軽いお話なのか。
ファンタジー風の軽い話を求める層には、前半地味で意味不明の話ばかりで詰まらないだろうし、じっくりと深い設定を求める層には、説明不足で欲求不満だろうし、非常に中途半端である。
大体、何故タイトルがゲド戦記なのか?ゲドじゃなくアレンの話だしそれほど戦いもないし。
テーマ。父殺しのシーンは度肝を抜かれた。だって、これ、ある意味、父親の宮崎駿への全否定と宣戦布告でしょう。偉大で立派な父王は、その偉大さ故に閉塞した息子に刺されなければならなかった。しかし、こんなテーマ、本当に原作にもあるのか?
エンドロールに原案シュナの旅と記載があった。多分、原作のゲド戦記からは名前と設定を借りるぐらいで、テーマもストーリーもガラッと変えてしまったのだろう。ファンの酷評もそう言うことだろう。
その事は、もちろん、何の問題もないと思う。原作に忠実に作るだけでは、創作者としての存在価値がない。ガラッと変えてしまえばよい。当然、原作者の了承が取れるのなら、の話であるが。
死の恐怖、というのは珍しいけど深いテーマだと思う。ただ、現実に忙しい大人達には、あまり響かないだろう。小学生ぐらいの子には、響く子には響くと思う。それぐらいの年齢だと、自分がいつか死ぬという事実を知って、恐怖で眠れぬ夜を過ごしたりするものだ。ただ、大人になると皆忘れてしまうだろうけどね。
きらきら光るシーンは沢山あったが、てんでバラバラでまとまっていない。
アニメ映画としては中位のレベルだと思う。正直、予想より良かった。ただ、原作やジブリブランドという視点で評価されるなら、かなり厳しいことになるのだろう。
素朴なテーマは良いし、せめてテルーの唄のシーンと、テルーがアレンに剣を渡すシーンの2カ所さえ命が入っていたら、かなり評価が変わったと思う。本当に惜しい作品だ。
かなり酷評されている映画だし、映画の内容以外の部分でも様々な要素が取り沙汰されており、正直映画としては別に何の期待もしていなかった。むしろ、どこまで酷い出来なのかを見てみたいという、わくわくとする下世話な期待が興味の本体だった。
こうした原作ものでは、原作に対する愛情や信仰の程度によって、二次作品の評価が大幅に影響を受けるだろう。ちなみに、私は原作の小説は全く読んだことがない。また、ジブリ作品というブランドに対する信仰もない。
そういう訳で、この映画をできる限り外野の雑音から遮断して、単なるただのアニメ映画として評価してみた。
まず、見終わって考える。この映画を見て良かったかどうか。自分の貴重な2時間と引換にする価値はあったのか。
これははっきりと良かったと思った。
何が一番良かったかというと、歌が良かった。挿入歌のテルーの唄、表題歌の時の歌、共に素晴らしかった。
エンドロールで、谷山浩子、新居昭乃とあったのを見て納得した。
特にテルーの唄は、聞き惚れた。素直に心に沁みた。
それ故、非常に残念でならなかった。
テルーの唄を聴いてアレンが涙を流す。テルーの来し方への想いを込めた唄がアレンの摩耗した心の奥底に届き、その涙が、テルーの心に届く。拒絶する壁を払い心を通わせ始める。
アニメ映画として、このシーンさえもうすこし上手くできていたなら、映画に命の火が入った事だろう。あんなにのっぺりさらりとした演出では勿体ない。本当に残念である。
また、絵が大変良かった。特に色遣いが素晴らしく、単体で見たときのシーンの映えは印象深いものが多かった。
声優を使わない、というのがジブリのポリシーなのかも知れないが、良し悪しだ。朴訥とした自然な感じが出るというのは分かるが、合ってないと単に棒読みする素人というだけだし、例え俳優であっても、すごく聞き取りにくい場合が多いので、正直プロを使って欲しいと思った。ただ、菅原文太のハイタカだけは、まあ良かったと思う。
ストーリー。何をか況やである。どんな物語背景があろうと、その2時間で伝わらなければ意味がない。ほんの一言二言の台詞で世界観、背景、その他用語、そうした諸々を説明っぽく早口で語ることの繰り返しでは、伝わるものも伝わらない。独白での説明語りは能なしの採る表現手法だ。
アレンの心の闇は何だったのか。父殺しまでさせた闇である。アレンという人物が生きていない。
エピソードがてんでバラバラ。展開に説得力がない。ついていけない。
世界の秩序はなぜ均衡を失ったのか?クモのせいなのか?クモを倒せばOKな軽いお話なのか。
ファンタジー風の軽い話を求める層には、前半地味で意味不明の話ばかりで詰まらないだろうし、じっくりと深い設定を求める層には、説明不足で欲求不満だろうし、非常に中途半端である。
大体、何故タイトルがゲド戦記なのか?ゲドじゃなくアレンの話だしそれほど戦いもないし。
テーマ。父殺しのシーンは度肝を抜かれた。だって、これ、ある意味、父親の宮崎駿への全否定と宣戦布告でしょう。偉大で立派な父王は、その偉大さ故に閉塞した息子に刺されなければならなかった。しかし、こんなテーマ、本当に原作にもあるのか?
エンドロールに原案シュナの旅と記載があった。多分、原作のゲド戦記からは名前と設定を借りるぐらいで、テーマもストーリーもガラッと変えてしまったのだろう。ファンの酷評もそう言うことだろう。
その事は、もちろん、何の問題もないと思う。原作に忠実に作るだけでは、創作者としての存在価値がない。ガラッと変えてしまえばよい。当然、原作者の了承が取れるのなら、の話であるが。
死の恐怖、というのは珍しいけど深いテーマだと思う。ただ、現実に忙しい大人達には、あまり響かないだろう。小学生ぐらいの子には、響く子には響くと思う。それぐらいの年齢だと、自分がいつか死ぬという事実を知って、恐怖で眠れぬ夜を過ごしたりするものだ。ただ、大人になると皆忘れてしまうだろうけどね。
きらきら光るシーンは沢山あったが、てんでバラバラでまとまっていない。
アニメ映画としては中位のレベルだと思う。正直、予想より良かった。ただ、原作やジブリブランドという視点で評価されるなら、かなり厳しいことになるのだろう。
素朴なテーマは良いし、せめてテルーの唄のシーンと、テルーがアレンに剣を渡すシーンの2カ所さえ命が入っていたら、かなり評価が変わったと思う。本当に惜しい作品だ。