「書ける人」になるブログ文章教室/山川健一 | 読んだり観たり聴いたりしたもの

「書ける人」になるブログ文章教室/山川健一

最近こいつ、なんかマメにブログ書いてるな、と思われていることだろう。

基本的に、今後しばらくは、毎日何か書くことにしたのだ。

表現欲求ゆえではない(ではない、と言い切ると若干語弊があるかも)。
文章の修行をしようと思ったのだ。

もともと、自分の勝手な感想を書き散らすだけのメモブログである。
こんな本読んで、こんな事を思ったよ、と妻に伝わればそれで目的は十二分に達成される筈であった。
そもそも、書く前からどうだったこうだったと結構あれこれ話したりしているので、話した事をまとめただけ、という場合も多い。その程度のものであった。

しかし、妻以外にも、極少数の近親や友人知人などが時折見てくれているらしいし、アクセス記録を見ると通りすがりの見物人も時折いるようである。
それはそれで結構なのだが、そう考えて過去の書いたものなどをたまに読み返すと、ボッと顔から火がでることがある。
青臭い独りよがりの偏った内容を、間違いだらけの稚拙な文章で、論旨も構成もメチャメチャに書き殴っている。
うわー、と思う。特に誤字や脱字などを発見すると瞬間火照るのが分かるね。

まあ、内容は変でも良いでしょう。それが個性なのだから。逆に変でなければわざわざ自分が書く意味がない。

ただ、もう少し文章をどうにかしたいなあ、と思った。読みやすく、正しく、分かりやすい、そんな文章が書きたい。すらすらと書きたい。できることなら、惚れ惚れするような素晴らしい名文を流れるように書きたい。

そこで、だ。
少しでもそのような境地に近づくために、修行をすることにした訳だ。

まず第一に、とにかく書きまくる。
実は、文章を書く、と言う行為には、これまで結構心理的ハードルを感じていた。いざ書こうとすると、気負って身構えてしまう。よって、そんな気負いを感じるスキもなくなるほど大量に書いて書いて慣れるべし。

そして、第二に、文章に関する本を片端から読んで学ぶ、と言うこと。
とりあえず図書館の該当の書架にある文章教室の類書を端から順に借りて読むことにした。
第一弾が、表題の本である。
ブログ文章、と来ては、まさに狙い通りの本ではないか。

で、内容なのだが、割と役に立った。

著者は全然知らない人なのだが、古参の小説家で、最近ではアメーバブックスでブログ本を出版することに精を出しているらしい。そうした経緯を活かして、主に、ブログを書こうぜ、上手くいけば本にもできるぜ、というような視点での指南書である。
細かいてにをはの文章指導などではない。そもそも、人が何かを書き表すということはどういう事なのか?という所から始める、書く、という行為についての精神論などがメイン。後半はブログ特有の分析や、ブログ本、そして小説での文章作法が続く。
読めば分かるが、30年選手の小説家の癖に、はっきり言ってこの人は文章があまり上手くない。しかし、やや衒学趣味の性格らしく、そうした点を活かして、他の文豪その他の人達の文章論がちりばめられており、そう言う所を拾い読みするとすごく為になる気がして良かったのだった。

と言う訳で、今後もバリバリ文章本を読みあさりつつ、ブログを書き殴って練習したいと思う。

ブログを書いていて、良かったな、と思う点がある。
それは、キーボードを前にして、さて、この作品はどうだったかな、何か書くべき所があったかな、と考える時間をもつことで、それまで自分の中で曖昧だった、その作品に対する印象や感想が、言葉という輪郭を得て、とてもはっきりしてくるという事である。
言葉にして綴ってみて初めて、ああ、そうか、自分はこの作品をそう捉えたんだ、と分かることがある。言葉という光で照らして初めて、それまで気づかなかった、作品の別の側面が浮かび上がってくることもある。
作品に触れている間には、感じてはいても気づいてはいなかったことが、言葉にすることで、作品から離れた後になって突然はっと気づく、そういう感覚はとても面白いものだと思う。


山川健一
「書ける人」になるブログ文章教室