西洋骨董洋菓子店/よしながふみ | 読んだり観たり聴いたりしたもの

西洋骨董洋菓子店/よしながふみ

何か面白そうな本は無いか、と職場を漁っていたら、全4巻のこの漫画を発見した。
聞いたことのない作者だが、興味を引くタイトルなので、パラパラと見てみると、地味なコマに、地味な人物。
絵はあまり上手くなく、どうにもつまらなそうな雰囲気だった。
最初の数ページ、同性愛ネタなのか?と言う感じで、話もつまらなそうで、止めようかと思った。

それが最初の印象。

でも、何か引っかかる所があり、こつこつ読み進めて、読了した今となっては、読んで良かったと思う。

タイトル通り、骨董趣味の小さなケーキ屋「アンティーク」の話である。と言っても、メルヘンチックなほんわかしたストーリーを期待してはいけない。
何しろ、大手商社のトップ営業マンから脱サラしたオーナーで主人公の橘を筆頭に、高校卒業時に橘に手酷く振られた魔性のゲイで天才パティシエ小野、小野の作る洋菓子に惚れて弟子入りした元世界チャンプボクサーの神田、大資産家である橘家でずっと橘の付き人だった無能の人千影、と、これら一癖もフタ癖もある男四人が切り盛りするケーキ屋なのだ。
洋菓子の蘊蓄はすごい。実に詳細に描写され解説されるそれは、圧巻の一言である。ただし、95%は台詞での描写であり、絵面はそう美味しそうではない。

物語の背景も設定も、きちんと定められており、物語はじっくりと進行していく。
それぞれの男達が現在に至るまでのエピソードをちりばめる中、主人公橘がこの店に掛ける想いが、徐々に明かされていく。ケーキ屋なので当然洋菓子が話題の中心ではあるが、それとは別に、物語の象徴としてのケーキの持つ意味。それらが店のスタッフや客の間で交錯し、そして4巻で収束していく伏線の緊張感。

とろけるように甘い洋菓子の世界に、ゆっくりゆっくり浮かび上がってくるのは、人の心の闇の因果である。
子供の時に誘拐監禁された忌まわしい経験を持つ橘。その時の記憶は、トラウマ故か、ほとんど何も覚えていない。作中、彼がずば抜けた記憶力を持つのはその代償ではないだろうか。
生来の明晰な頭脳と合わせ、抜群の才能を発揮し、人並み以上の容貌と、マメで尽くす性格にもかかわらず、何故か橘が好きになる女性は、ことごとく彼の想いを受け止めきれず、謝りながら別れを告げる。
女性達は、橘の心の底にたゆたう闇の水面を敏感に感じ取ったのだろう。トラウマに隠されて橘自身も分からない、彼の本心が見えなかったのだ。
そうして高校卒業の日に長く付き合った彼女からの別れを告げられた橘は、直後に小野からの告白を受け、彼の勇気を土足で踏みにじる衝動に抗えなかった。
しかし、それは橘の闇の底に眠る本心ではなく、彼はそれから15年それを悔やむことになる。
一方で、橘に手酷く振られ死をも考えた小野は、死ぬぐらいなら逆に自身の気持ちに忠実に生きようと吹っ切ってしまう。マイノリティーとしてでも自らの心のままに生きるよう小野の心を解放したのは、心を解放できない橘の闇だった。そうして本当に自由になれた小野は橘の顔すら忘れてしまう。
そうして15年の月日が過ぎ、洋菓子店のオーナーとパティシエとして偶然再開した二人は、奇妙な共同作業を営みながら、掛け違えた因果の輪をゆっくりと手繰り始める。

ラストの展開は意見が割れる所だろう。
結局、トラウマも心の闇も、そんな簡単にばっさり消せるものではない。
自分自身の本心が自分で掴めない。それは辛く悲しい状態であるが、しかし、多かれ少なかれ、誰しもそうした心の闇を棲まわせているのが現代人ではないか。
それでも例え表面的でも人との関係は築けるし、時間と意志と少々の幸運さえあれば、それは十分に深めていけるものであるはずだ。
そうした、闇を持ちながらでも人生を進めてゆける、という小さな希望こそが、作者がこの作品に込めた想いではなかったろうか。
物語として綺麗で安易な展開によるハッピーエンドに比べ、それは多くの人にとってより福音として響くだろうと思う。

全くもってへんてこな設定で、生臭いゲイ話と洋菓子の蘊蓄だらけの変な漫画だが、固い線画にも関わらず、妙に柔らかい読後感なのである。
調べてみると、話題の大奥の作者だった。この「西洋骨董洋菓子店」も漫画賞を受賞しているようだ。
たしかに変だが素晴らしい漫画だと思う。
ただ、絵はあまり上手くない。特に、男性キャラは魅力的に描けるのに、アンバランスなほど女性キャラが下手すぎる。下手というか、魅力ある女性キャラが皆無。多分作者は女性があまり好きではないんだろうと思う。せめて、でこちゃんだけでももうすこし何とかならなかったか。

全く同じ構図の、特にフェイスのアップを、連続もしくは離散的に繰り返し配し、その中に僅かだけ変化を入れることによって心情の機微を表現する技法が好きなようで、多用していた。かなり効果的だったと思う。

次は機会があれば大奥を読んでみたい。

よしながふみ
西洋骨董洋菓子店