GC/動物番長/任天堂
実は最初に買ったGCソフトである。何年も前、ゲームショップのジャンクワゴンに廉価でぽつんとあるのを見つけて、WiiもGCも持っていなかったのに買ってしまったのである。
先日ようやくプレイがかなった。
プレーヤーは奇妙な動物の世界に生まれ落ちた一匹のドーブツとなり、セカイからヤセイのイロを奪い去った悪いドーブツ達とその頂点にいる動物番長を倒し、セカイにヤセイを取り戻し、百獣の王になる事が目的である。
とにかく、世界観やグラフィックスが独特のセンスでまとめられており、著しいオリジナリティを満喫する事ができる。
まず、セカイのあらゆるオブジェクトは、キューブで出来ている。太陽でさえ立方体なのである。ドーブツに至っては、キューブ状の本体に、板状の手足パーツがバラバラとくっついた造形である。まるで小学生の紙工作のようである。そんな紙工作が、実に生き生きと「生きて」動き回っている点が驚きである。造形に違和感があるからこそ、動作に雰囲気に違和感がないのである。生気を感じるのである。これは、とことんリアルに精緻に作った生物のCGが、モーションプログラムの都合でほんの僅か物理的におかしな挙動、例えば足が地に着いたまま平行移動したりしただけで、その膨大な努力の甲斐虚しく、あっという間に嘘くさく感じてしまう事と良い対比をなしていると思う。リアル系RPG等の登場人物の半端なCGでは、人物の表情が、そして目が死んでいるのに対して、これらドーブツ達の、全く動かないその表情のなんと豊かな事か。
システムも独特である。主人公のドーブツは、弱肉強食のセカイで、強敵を避け、弱いものを喰らい、成長し、コウビをし、次代を残して死んでいく。プレーヤーは引き続きその成長した次代のドーブツを操作し、少しずつ強くなって百獣の王を目指すのである。このセカイのドーブツはキューブ状の本体に、ニクと呼ばれる板をまとった形態であり、そのニクの枚数と形状で分類される。ニクの枚数はそのままドーブツの強さに直結しており、2枚以上ニクの枚数の差があると、太刀打ちできない。ニクにはイロが付いており、それを喰らい奪う事で、自分のニクにイロを付ける事が出来る。イロの組み合わせによっては別種のドーブツにヘンタイすることができる。こうして様々なドーブツにヘンタイし、100種のドーブツを経験したものが百獣の王なのである。
ニクの中には、特別な能力をもつ、ナマニクというものがあり、ステージボスが有している。これを倒してナマニクをゲットすると初めてコウビが出来るようになるのだ。コウビ時にはそれまでに集めたハートの量でメスへのモテ度が変わり、ひいては生まれてくる子供の数が変わる。コウビをして生まれる子供は現在よりニクの枚数が1枚多くなる。生まれた子供の中から1つを選び、その子供を使って次のステージに挑むのだ。
行うことは、ただそれだけである。
走り回り、弱い敵に襲いかかり、ニクを奪い、イロを揃えてヘンタイし、ボスを倒してナマニクを奪い、コウビする。
この繰り返しなのだが、このいわゆるヤセイの生活自体が面白い。アクションとしても、ガードや威嚇などを駆使して、ダメージを減らして効率よく攻撃するには工夫がいる。
強敵からは必死で逃げ回り、物陰で体力を回復しつつ、通りかかる弱いドーブツを狙う。このゲームをやったものは、ゼネコン(という名の強敵)の強さ恐ろしさを忘れないだろう。
言い忘れたが、ドーブツの命名も秀逸である。
とりあえず百十五獣の王までになり、動物番長を倒してエンディングは拝んだ。
完クリは百五十だろう。
プレーヤーの操るドーブツが、毎日ポエム調の日記を書くのが面白い。内容のセンスも跳んでる感じで良い。
惜しむらくは曲が単調だったことか。
ボス戦なんて2小節繰り返しみたいだ。だが、それがヤセイなのかも。
任天堂
動物番長
先日ようやくプレイがかなった。
プレーヤーは奇妙な動物の世界に生まれ落ちた一匹のドーブツとなり、セカイからヤセイのイロを奪い去った悪いドーブツ達とその頂点にいる動物番長を倒し、セカイにヤセイを取り戻し、百獣の王になる事が目的である。
とにかく、世界観やグラフィックスが独特のセンスでまとめられており、著しいオリジナリティを満喫する事ができる。
まず、セカイのあらゆるオブジェクトは、キューブで出来ている。太陽でさえ立方体なのである。ドーブツに至っては、キューブ状の本体に、板状の手足パーツがバラバラとくっついた造形である。まるで小学生の紙工作のようである。そんな紙工作が、実に生き生きと「生きて」動き回っている点が驚きである。造形に違和感があるからこそ、動作に雰囲気に違和感がないのである。生気を感じるのである。これは、とことんリアルに精緻に作った生物のCGが、モーションプログラムの都合でほんの僅か物理的におかしな挙動、例えば足が地に着いたまま平行移動したりしただけで、その膨大な努力の甲斐虚しく、あっという間に嘘くさく感じてしまう事と良い対比をなしていると思う。リアル系RPG等の登場人物の半端なCGでは、人物の表情が、そして目が死んでいるのに対して、これらドーブツ達の、全く動かないその表情のなんと豊かな事か。
システムも独特である。主人公のドーブツは、弱肉強食のセカイで、強敵を避け、弱いものを喰らい、成長し、コウビをし、次代を残して死んでいく。プレーヤーは引き続きその成長した次代のドーブツを操作し、少しずつ強くなって百獣の王を目指すのである。このセカイのドーブツはキューブ状の本体に、ニクと呼ばれる板をまとった形態であり、そのニクの枚数と形状で分類される。ニクの枚数はそのままドーブツの強さに直結しており、2枚以上ニクの枚数の差があると、太刀打ちできない。ニクにはイロが付いており、それを喰らい奪う事で、自分のニクにイロを付ける事が出来る。イロの組み合わせによっては別種のドーブツにヘンタイすることができる。こうして様々なドーブツにヘンタイし、100種のドーブツを経験したものが百獣の王なのである。
ニクの中には、特別な能力をもつ、ナマニクというものがあり、ステージボスが有している。これを倒してナマニクをゲットすると初めてコウビが出来るようになるのだ。コウビ時にはそれまでに集めたハートの量でメスへのモテ度が変わり、ひいては生まれてくる子供の数が変わる。コウビをして生まれる子供は現在よりニクの枚数が1枚多くなる。生まれた子供の中から1つを選び、その子供を使って次のステージに挑むのだ。
行うことは、ただそれだけである。
走り回り、弱い敵に襲いかかり、ニクを奪い、イロを揃えてヘンタイし、ボスを倒してナマニクを奪い、コウビする。
この繰り返しなのだが、このいわゆるヤセイの生活自体が面白い。アクションとしても、ガードや威嚇などを駆使して、ダメージを減らして効率よく攻撃するには工夫がいる。
強敵からは必死で逃げ回り、物陰で体力を回復しつつ、通りかかる弱いドーブツを狙う。このゲームをやったものは、ゼネコン(という名の強敵)の強さ恐ろしさを忘れないだろう。
言い忘れたが、ドーブツの命名も秀逸である。
とりあえず百十五獣の王までになり、動物番長を倒してエンディングは拝んだ。
完クリは百五十だろう。
プレーヤーの操るドーブツが、毎日ポエム調の日記を書くのが面白い。内容のセンスも跳んでる感じで良い。
惜しむらくは曲が単調だったことか。
ボス戦なんて2小節繰り返しみたいだ。だが、それがヤセイなのかも。