小さな骨の動物園 | 読んだり観たり聴いたりしたもの

小さな骨の動物園

確かにもっと骨は注目されてもいい筈だ。
死とともに忌み嫌われるシンボルか、もしくは残飯か。そんな扱いは哀しすぎる。
動物を解剖・解体し、骨格標本を作る事はもっと学校で行われると良いと思う。

自分自身の骨を見てみたいと思った事はないだろうか?以前ある本でヒトの篩骨の標本写真の美しさを見て、自分の篩骨はどうなってるのかと想像した事がある。篩骨は鼻腔の奥上面にある骨である。ほぼ自分のを見る事は不可能である。

この本で小動物の骨格標本をぼーっと眺めるのは面白い。
数ヶ月前に読んで書くのを忘れていた本だったが、先日妻とケンタッキーに行った時、不意に思い出したので書いた。

骨付きの肉や魚を食べる時は、どんな部位かどんな骨かなどを観察し語り合いながら食べるのが面白いと思う。
しかし、中には食事中にそういう事をすると気分が悪くなったり食欲を失ったりするという不憫な人がいるために、はっきりと問題がないと分かっている場合以外にはそうした表現に注意をした方がいいだろう。自分が食べているのは「タンパク質」であって動物の死体ではないと頑迷に視野狭窄しているひとは意外に多いからだ。性格や習慣は変えづらいものだから仕方がないが、人間は生き物を殺してその死体を食べて生きる存在なのであるという事実は常に自覚しておくべき事だと思う。


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