ののちゃん/いしいひさいち/朝日新聞 | 読んだり観たり聴いたりしたもの

ののちゃん/いしいひさいち/朝日新聞

2005年2月13日朝刊

書籍/コミックか?というのは置いておいて。

全国紙をすべて読んでいる訳でも無し、新聞連載4コマ漫画について述べる知識はもとよりない。朝日の前は、中日新聞のほのぼの君だった。朝刊連載はそれだけしか知らない。サザエさんやカリアゲ君は床屋で単行本で読んだだけだ。にもかかわらず敢えて述べよう。いしいひさいちは、やっぱりすごい。

巨大な全国紙で連載する気負いやてらいは、まるで感じられない。それでいて保守的な小品というわけでもない。むしろ、その掲載場所を考えると前衛とすら感じられる。今日の作品はこうだ。

(1コマ目)ののちゃんがコタツに入ってゲームで遊んでいる。ト書き「せっかく買ったゲーム」
(2コマ目)ゲームを放り出し、うなだれるののちゃん。台詞「フウ」
(3コマ目)おばあさんが登場し、代わってプレイ。台詞「そんなにつまらんかったんかいな。どれどれ」
(4コマ目)ひっくり返るおばあさん。うなだれるののちゃん。

まず、定義と確認から。この世には、クソゲーと呼ばれる物がある。これは、極めて面白くないゲームの蔑称もしくは愛称としてゲーム好きの間で多用される言葉だ。今日の漫画では、ののちゃんの買ったゲームは、クソゲーだったわけだ。あまりにクソゲーだったために、おばあさんですら、驚きすぎてひっくり返った。これが漫画の骨子である。

何気なく読めば、それだけ?の漫画だ。しかし、よく考えてみるとすごい。

まず、「ゲーム」をテーマにした漫画が、全国の全世代の読者に通じるか、と言う問題がある。ののちゃんでは、以前からゲームがしばしば登場するが、これはファミコンが登場して早四半世紀を過ぎようかとしている現代では、ゲームは一般的な娯楽として浸透しているという作者の判断だろう。しかし、普通のゲーム世代なら「クソゲー」の存在は説明不要だが、そうでない世代には通じない。だからむしろ、ひっくり返るほどの衝撃を受けるほどのつまらないゲーム、と言う物が存在する事をこの漫画は極めてリアルに伝えている。もちろん、これは衰退期に入ってから質の低下が著しいゲーム業界への批判とも取れる。映画ずきな人が邦画業界を批判するように、ゲームずきな人はゲーム業界を批判するのは自然だ。しかし、全国紙の連載4コマでそれが行われた、という点が非常にエポックを感じさせる。

次に、漫画の細部を見てみよう。

例えば、絵画にしろ歌舞伎にしろ、正当に鑑賞し評価するには裏付けとなる膨大な知識が必要とされるのは常識だ。真に力のある芸術は万人に通じる、訳など無い。芸術が表現という名のコミュニケーションである以上、受け手に通じるか通じないかは、受け手の状態に依存するからだ。たとえ通じたとしても、受け手の程度に応じた分量のコミュニケーションに限定されるだろう。何の背景知識もない素人が、いきなり歌舞伎をみたって、ちんぷんかんぷんなのが当たり前だ。野球を知らない人は、ノーヒットノーラン達成なるかという中継を見ても、ミス多発の凡試合を見ても、違いが分からないだろう。

ゲームでも同じだ。
その正当性はさておき、クソゲーという評価を下すには下すなりの根拠が必要だ。ゲームをやり付けていない人には、それがクソゲーであると言う事が分からないだろう。ただ、なんだかよく分からないゲームだ、と思うだけだろう。だから、「なんだかよく分からなくてどこが面白いのか分からないゲーム」という感想と、「なんだこのクソゲーは!」という感想の間には、評価という姿勢において相当な隔たりがあるのだ。

ゲームを知らない人にクソゲーをプレイさせたら、数分プレイした後、小首をかしげて、「なんだかよく分からなくて、難しいね、これ」とコントローラを返すだろう。だが、明らかにおばあさんの反応はそれとは違う。ひっくり返っているのだ。これが評価の最大級の形でなくて何であろうか。

ここからもたらされる笑いを敢えて解剖してみると、次のような所だろう。

1)一般的にはゲームをしないと思われる老人であるおばあさんが、ののちゃんと同等にゲームの評価ができているというギャップ
2)一般的にはゲームの批評眼が弱いと思われる老人であるおばあさんにすら、通じてしまうほどの力量を持つクソゲーの存在
3)クソゲーをつかまされてしまう事はままある事だが、2)ほどのクソゲーを見抜けなかった自分に対するののちゃんの悔恨と自身への憐憫
4)1)~3)の内容のネタが、全国紙朝刊に掲載される驚愕

当然、文字にしてしまうと面白さも霧散するのでご容赦を。

それにしても、いしいひさいちは、すごいと思う。
以前衝撃を受けたのは、昨年の晩秋だと思うが、のぼると妖怪ヘビ少女の恋愛物を、「朝刊4コマで連載」していた時だ。ひょっとして内容に関してはいろいろ圧力もあるのかも知れないが、是非続きを描いて欲しい。