φは壊れたね/森博嗣 | 読んだり観たり聴いたりしたもの

φは壊れたね/森博嗣

噂の森ミステリ新シリーズ第1弾?

というか、いい加減新しい設定を考えて下さいな。同じような設定で引っ張りすぎ。しかもS&M設定の使い方が中途半端ので、ファンにはがっかりだろう。ちょっとしか出てこないし、出てきても意味無いし、では辛い。
期待の新主役陣?も、どこかで見たようなキャラクターばかりだ。

森さん、なにも無理に書かなくても。と言うのが本音か。ま、図書館で借りて只なら読みますが。

ストーリーや設定の不整合は、わざとなのかも知れないが、そうだとしても実効上の意味があるのか疑問。現実はそんなに整合しない、と言いたいのか?
舟元の代理行為についての言及が揺れるのは、ミスリードを誘うためか?
彼はメガネなしで平気で行動してますが、コンタクト?あの変な探偵は何の意味があるのだろうか?冒頭のVTRの遠隔録画操作の話もミスリード用?ビデオカメラに、ベランダへ出る動作音が記録されていないのはなぜ?戸川は、外出する舟元を見ているのに計画中止しなかったのはなぜ?…etc
見えている物だけが真実ではないし、見えた物も真実とは限らない、と言いたいらしい。

トリックは、半日考えて見破り度95%(妻評価)だった。中の下、やや簡単、と言ったところか。さすがに動機は分からなかった。というか、森ミステリは動機は推理してもムダだね。

タイトルの意味については、読者それぞれでいろいろ考えどころがあると思う。
自分の場合、φと来たらまず思い浮かぶのは、やはり量子力学の波動関数だ。φが壊れたときいて、真っ先に波束の収縮を考えた人も多いだろう。
波束の収縮、つまり物理的な観測が(カメラによって)おこなわれた、と言う意味だ。量子力学的スケールの世界では、粒子の位置や速度などの物理量が、本質的に不定量として存在する。ある一定の位置にある粒子と言う物は実在しない。そこにあるのは存在確率の分布なのだ。観測を行う事により、はじめてある位置に粒子が見いだされる。この位置は、存在確率分布に統計的に従う。φで表される確率分布の波が、観測によって一点のみを表すスカラーになる事を、波束の収縮という。
芸大生4人の間に渦巻く人間関係。読み切れぬ他人および自分の心。様々な憶測。予想されうる幾多の未来。複雑に絡んで耐えきれない繋がりの力学系。こうした不確定な現在から、どれかは分からないが、少なくとも確定した一つの状態を生み出す「観測」という名の創作活動を、彼らは行ったのであり、そのアナロジーとしてのタイトルだったのではないか。おそらくタイトルを決めたのは町田。彼は自分が死ぬかも知れない事を十分に知っていたろう。また、ある種の大岡裁きのような展開も期待しただろう。真実を知りたいという願い。そして、どちらに転んでも、そうした葛藤の過程そのものを作品として残す意志。そしてそのタイトルの意味に込められた諦観と矜持。
殺される瞬間、彼は幸福だったのかも知れない。また、絶望の底に沈んでいたのかも知れない。それはこの物語が書かれた時には、まだ、決定されてはいない。φのように揺らいでいるのだ。読者がこの物語を読んだ、まさにその瞬間、町田の状態は決まる。読者によって決まるのだ。これが読書という行為の本質であって、φが壊れるという意味は、読書と観測の2重のアナロジーになっているのだろう。読む事によって壊れるものが小説なのだ。

著者: 森 博嗣
タイトル: Φは壊れたね