汚泥の中から~都会へ | 日々を生きる。~大切なものを失って得たもの。

汚泥の中から~都会へ

その日。


俺は、仕事の用件で、都会へ出かけた。


つまらない業務だった。



出張なのか。


はたまた、研修なのか。


どちらともつかない「仕事」だ。




都会へ出かける上で、一番の問題は、金がないことだった。


JRは、カードで切符が買えた。


メトロは、多分無理だと判断し、バイト代からくすねた、僅かな金を回した。



体調は最悪で、疲れもピークに達していた。



その日の早朝も、俺は当たり前のように、バイトをこなしていた。





都会での雑務を片付けると、外は闇だった。


後は帰宅するだけだ。


俺は、財布の中身を確認し、メトロ代を差し引いた小銭で、マックへ行った。


コーヒーと、マックチキン。


昼夜兼用の食事だった。


コーヒーで風邪薬を流し込む。



虚しさと、物理的な肌寒さが、俺を悲しくさせた。



腹も満たされてはいなかった。



とっとと家に帰って、眠りたかった。


睡眠だけが、俺の体調を整えてくれる。




俺はメトロ、JRと乗り継ぐ。


JRは運良く、座ることが出来た。



疲れのせいなのか。


それとも、風邪薬のせいなのか。



俺はいつの間にか、眠っていた。



体が隣の女の人へ、寄りかかるような形になったとき、


俺は目覚めた。


「ごめんなさい」


咄嗟に出た言葉に対して、返答はなかった。


都会の女は、どんなことに対しても、クールに黙殺を決め込むのか?


それとも、異形のサラリーマンの俺を、恐れてのことか?



まあ、どうでもいいや、そんなこと。



列車は、乗換駅を通過していた。


田舎町へのハブステーションまで戻り、俺はいったん列車を降りて、町をぶらついた。




腹が減っていた。



ラーメン。


焼き鳥。


てんぷら。



うまそうな匂いが、町に四散していた。


俺には、外食するほどの金は、残っていなかった。


俺は仕方なしに、駅へ戻った。




もう、眠ることは出来なかった。



列車に揺られ、家に近づくにつれて、人が少なくなってきた。



ある駅で、奇妙な若者が乗車してきた。


乗り込んできたその若者は、椅子のない床スペースに、平然と尻を着き、壁に背中を押し付けた。


半分寝そべっているような形だ。


右手には、メタリックブルーのPSPを持ち、左手で握り飯を食っていた。


俺は、その若者を観察し続けた。


握り飯は赤飯で、食いながらも、PSPからひと時も視線を外さない。


時々、鼻にしわを寄せ、顔を顰める。


どうやら、笑っているらしい。


一つ目の握り飯を食い尽くすと、ニューデイズと書かれた袋から、今度はパンを取り出した。


ジャンバーに作業ズボン姿。


埃にまみれだった。


いつもこうして、列車の片隅に寝そべるようにして、PSPをやりながら、飯を食っているのだろうか。



俺はその若者から目が離せなくなっていた。


若者はゲームに夢中で、尚且つ、飯も食い続けている。


袋一杯だったパンと握り飯を交互に食い尽くすと、俺の視線を感じたのか、こちらに目を向けた。



目と目が合った。



それでも俺は視線を外さなかった。


若者は、一瞬、鼻にしわを寄せ、すぐに視線をPSPへ戻した。


それは笑いではなく、困惑だった。







その夜。


俺は咳が止まらずに、のた打ち回った。



もう、勘弁してくれよ。


バイトに行けないじゃないか。




というより、もう働けないよ。


ペタしてね