短編 「でっち上げられた戦争」
「この戦争は、でっち上げられた嘘から始まったんだ」
「しゃべるな、宗次。出血がひどい。もうすぐヘリが来るからな」
宗次は力なく笑ったようだ。
右胸と、左太腿に被弾していた。
足の方の傷は、止血できる。
胸の方は、手の施しようがなかった。
空には、無人の爆撃機が無数に飛び、地上には、無人の戦車が周りを取り囲んでいた。
もう逃げ道は、なかった。
ヘリが来るというのは、嘘だった。
もうすでに、救助を乞うことなど、できるわけもなかった。
全軍、撤退した。
俺たちは、逃げ遅れたのだった。
「つくばの研究所で行われていた反物質の研究が、いつの間にか、核開発にすりかえられたんだ」
もうしゃべるなよ。
俺は言おうとしたが、もう助かるまいと思い、すきにさせた。
「実際には、反物質を利用した、クリーンエネルギーの開発だった。それは、開発されてはならない、技術だったんだ」
俺も、その話は知っていた。
大国は、わが国の技術が、世界を席巻することを恐れていた。
世界中にいまだ埋蔵される地下資源が、無意味になるのだ。
いつもの方法で、わが国は、いわば濡れ衣を着せられるような形で、戦争に突入したのだった。
「開発されたそれは、メインコアをブラックボックス化され、世界中に輸出される計画だった。わが国は、世界でもっとも裕福な国家になるはずだった」
コアの部分をブラックボックス化した発電ユニットは、一旦起動すると、3年は、メンテ無しで発電し続けるという代物だった。
「昭夫。この国は何故、憲法を改正してまで、軍隊を持とうとしたのだろうな?」
「……」
「不思議なもんだ。たかが憲法を改正したことによって、今こうして、わが国は滅びようとしている」
滅びようとしているのは、憲法改正が原因ではなく、クリーンエネルギーの発明が発端ではなかったのか。
そう思ったが、俺は黙って宗次の話を聞いた。
「戦前の自衛隊という名の組織のまま、あれでよかったと、俺は思うよ」
宗次は、飛び交う爆撃機や、無人偵察機を目で追っていた。
無人の戦車群は、停止したまま動かなかった。
「いや……」
宗次は苦笑交じりに言った。
「自衛隊自体もいらなかったのかもしれない。本当の意味で、兵力など一切持たない。そんな馬鹿げた国家が、この地上に、ひとつくらいあってもいいじゃないか」
頭上の爆撃機が、撃墜された。
どうやら、わが軍の反撃が始まったようだった。
反撃するほうも、無人の戦闘機だ。
「丸腰の、国家。それは、その存在自体がとてつもない脅威になったかもしれない」
「国を守るという、すべを持たない。そんな国を攻める国家があったなら、そいつはとんでもないサディスト野郎というわけだ」
宗次は、ごぼごぼという、いやな呼吸音とともに、血を吐いた。
肺がやられている。
「昭夫。亡国の、地下軍事施設が、半径十キロにわたって消失したという事件は知っているか」
「ああ、知っているよ。週刊誌などで、取り沙汰されていたな。やれ宇宙人がやっただの、UFOが爆発しただのと、馬鹿なことを言っていた」
「あの真相は……」
宗次は言葉を切って、ゆっくりと話し始める。
「つくばで開発された、反物質利用の、発電ユニットのプロトタイプを入手した亡国が、解析のための、分解途中で起こったんだよ」
「まさか」
「そのまさかさ。ブラックボックス化は何も、技術の漏洩を防ぐためのものではなく、安全のためだったんだな」
「そんなとんでもないものを、何故この国が、世界中に売り捌こうとしたんだ?」
「最後の切り札だったのだろう。世界経済の中心へ返り咲く、最後の、な」
「経済はどん底。失業率は鰻登り。仕事にあぶれた俺は、正直なところ、戦争が始まってほっとしたよ。兵隊ならば、だれかれかまわずに採用していたから」
無人の戦車が動き出した。
俺たちは取り囲まれている。
塹壕の中は、死体の山だった。
生きているのは俺だけか?
宗次を見やると、すでに絶命していた。
戦車の砲身が、正確な動きで俺を見つめていた。
砲身が発光する。
遅れて、爆音。
死んだな。
そう思った瞬間に、俺は目を覚ました。
俺は布団から起き上がると、朝食を摂った。
味噌汁に飯だけの食事。
シンクに積み上げられた、汚れた食器の山。
俺はその中に、自分が食った汚れた食器を紛れ込ませた。
歯を磨きながら、窓の外を眺めた。
外は雨だった。
部屋に戻り、今見たばかりの夢を、メモに取った。
その夢を元に、短編を書くにはちょうどいい。
隣の部屋では、俺の娘の母親が、コーヒーを入れるためだろうか。湯を沸かしていた。
食器を片付ける音も聞こえた。
書き上げられた夢のメモは、メモというより、ほとんど短編に近かった。
少しの手直しで、ブログにアップできそうだった。
俺は喉の渇きを覚え、
キッチンへ行く。
食洗機が起動していた。
しかし、
シンクを覗くと、俺の使った食器だけが、そのままだった。
「夢から覚めても、また戦争だな」
俺は苦笑した。
スポンジに洗剤をふりかけ、汚れた食器を荒いはじめた。
食器を洗いながら、「俺の戦争」の原因は何だったのだろうかと、ふと思いをめぐらせた。
原因など、もともとなかった。
すべては、あいつによって、でっち上げられた。
俺は嘆息を漏らし、洗い上げた食器を並べる。
俺の戦争。
でっち上げられた戦争。
それでも、勝つしかない。
俺はそう誓った。
