短編 「すんもの憂鬱」 | 日々を生きる。~大切なものを失って得たもの。

短編 「すんもの憂鬱」


日々を生きる。~妻よ。おまえはいったい何を望んでいるのか。

くそったれが!!


すんもは怒りに任せ、大声を張り上げた。


と同時に、テーブルにあった土偶を、払い落とした。


床に落ちた土偶は、無惨にも四散し、画面上から消えた。



日々を生きる。~妻よ。おまえはいったい何を望んでいるのか。


憤激のなか、すんもは自分の現状を哀れんだ。


どんなに怒り狂っても、顔は笑っている。


顔の変化がないということは、アメーバブログ運営側が、「すんものへや」に、さして力を入れていないと言うことの、表れでもあった。



なんということだ。



酒でも飲まなくてはやってられない。


そう思って、アイテムリストを覗いてみても、酒など無かった。


すんもは、怒りを通り越して、絶望した。




すんもは、アメーバピグを心底憎んでいた。



ユーザーたちは、新たに始まったアメーバブログの新サービス、「ピグ」に夢中だった。




日々を生きる。~妻よ。おまえはいったい何を望んでいるのか。-未設定

容姿も。


服装も。


髪型も。


おまけにペットまで、持てるという。


到底、すんもが太刀打ちできる相手ではなかった。



そして、すんものユーザーの、山南零という男も、とんでもないやつだった。


今までに、山南から「たべもの」をもらったことなど、一度も無かったのだ。


当の山南のブログを盗み見てみると、飯がない、などと毎日のように嘆いているようだったが、おかずがないだけで飯はちゃんと食っていた。



山南のくそったれが!!



怒鳴ってみたが、山南は、ブログなどそっちのけで、いかがわしいサイトをブラウジング中のようだった。



俺たちは、このまま、アメーバブログの全てのユーザーたちから、忘れ去られてしまうのだろうか。



そう考えると、すんもは涙が止まらなかった。


もっとも、それは、画面上には反映されなかったが。



泣きに泣いて、やっと平常心を取り戻したすんもは、古い友人を思いだし、郷愁に包まれる。


すんもが登場する以前、けっこうな数のユーザー達が、こぞって導入した「メロ」と呼ばれる前時代的なバーチャルペットもどきの、ブログパーツだった。



日々を生きる。~妻よ。おまえはいったい何を望んでいるのか。

すんもは「メロ」を、本心では馬鹿にしていた。


全くもって、時代遅れだぜ。


俺は、アメーバブログ標準のアプリだが、おまえは違う。


今現在、メロを導入しようとするユーザーなどいるわけないわな。はははははっ。


そんなことを過去に言っていた自分が、まさか同じ目に遭おうとは。


すんもは、このアメーバブログという世界の、時代の流れの早さに感嘆し、しばし感傷的な気分に浸っていた。



すんもは、同じブログ上に存在する、同じ山南に飼われているメロの「むふっとふわりん」というふざけた名前の、メロを訪ねた。


驚いたことに、むふっとふわりんの部屋は、すんもの部屋と引けをとらない、しっかりした作りのものだった。


日々を生きる。~妻よ。おまえはいったい何を望んでいるのか。

すんもは顔をしかめた。


むふっとふわりんは、鼻提灯をつくり、いびきをかいて寝ていたのだった。


鼻提灯が破裂し、むふっとふわりんは、目覚めた。


「だれ?あんた?」


「すんもだよ」


「あんた、名前無いの?」


すんもはその時初めて、気付いたのだった。


山南のやつ、この俺に、名前すら付けていないとは。



すんもは、今一番気になることを、むふっとふわりんに訪ねた。


「なあ、アメーバピグって始まっただろう?あれのせいで俺達、忘れ去られてしまうのだろうか?」


「あんた、そんなこと気にしてるの?」


まあこれでも飲んで。


そう言いながら、むふっとふわりんは、サイドボードからウイスキーのボトルと、ショットグラスを二つ持ち出してきた。


なんとウイスキーは、アイラ島のシングルモルトだった。



「おお、すごいな。ずいぶんと良い酒があるじゃないか。ここには」


むふっとふわりんは、何も答えずに、乱暴にショットグラスを二つ、テーブルにたたきつけ、ウイスキーを注いだ。


「ささ、飲んで飲んで」


すんもとむふっとふわりんは、酔っぱらいながら、自分たちの行く末と、アメーバピグの動向について語り合った。


「まあ、あいつらも、そう遠くない将来、俺達と同じように忘れ去られるに決まってる」


むふっとふわりんは、遠い目を、窓の外に向けながら、そう言った。


すんもは、その言葉に同意した。


むふっとふわりんが、すんもに視線を向けた。


「おい、山南が、エロサイト巡回を終えて、戻ってきたみたいだぜ」


すんもも、山南の姿を確認した。


山南は、自分たちが同じ部屋で語らっている姿を見て、凝然としているようだった。


「おいやまなみ、きこえるか?」


むふっとふわりんの口から、吹き出しがあわられ、そんな言葉が表示される。


山南は、驚きのあまり、口をあんぐりと開け、呆然としていた。


すんもも、言ってやりたいことがあったのを思いだし、山南にその言葉をぶつける。


「おい、やまなみ。おまえがくちこみきじを、めったにかかないために、おれのばんづけはいまだ、さんだんめなんだよ!」



あのクソやろう。



むふっとふわりんが、顔をしかめて、すんもに言った。


「山南のやつ、今こうして、俺達と向き合っている状況を、ブログに書くつもりだぜ」


「あいつなら、そうするだろう。頭がいかれてるからな」


結局は、山南のやつに、ブログを書くネタを与えただけだったな。


むふっとふわりんは、鼻提灯をふくらませながら笑った。



「おい、くそったれやまなみ!おれたちはいま、うまいさけをのんでるんだぜ!おまえはさけなんぞ、のめるわけもないだろうがな!」




ちくしょうめ。




山南の声が聞こえ、すんもとむふっとふわりんは、腹を抱えて笑い出した。



山南を見やると、やつは水を飲みながら、泣いていた。








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