虚無の中で
自由になる時間は、二時間しかなかった。
朝バイトから帰宅したときの一時間と、夜、帰宅してからの一時間だった。
昼休みの1時間は、自由とは言えなかった。
睡眠は、三時間から四時間だった。
それ以外は、労働と、それに伴う移動時間になる。
朝は弁当を作り、飯を食い、夜も飯を食って、風呂に入る。
何かをやる余地は、まったくなかった。
俺は週に一回、あるか無きかの休みを、ただひたすら待ち続けた。
まともに眠ることが出来るのは、バイトが休みで、尚且つ仕事が休みの日のみだった。
この状況で、我が家には金がないという事実に、俺は絶望した。
本当は、娘と遊びたかった。
近頃、娘の顔すら、見ることが出来ない。
俺が家にいる時間帯に、娘は寝ているか、幼稚園に行っているからだ。
金も。
名誉も。
肩書きすらも。
俺は望んでいなかった。
ただ家族と、
普通の家族と同じように、すごしたかっただけだ。
その日の朝。
俺はバイトから帰ると、すぐに弁当に取り掛かった。
娘の声が、壁越しに、居間から聞こえてきた。
日曜日で、娘は家にいたのだ。
弁当を作り終えてから、娘の様子を見たいと思った。
目玉焼きと、海苔の弁当を作り、立ったまま生卵をかけた朝飯を食い終え、身支度を始めた。
歯を磨き終わって、居間に向おうとすると、
娘とその母親が、そそくさと、どこかへ行く気配が伝わってきた。
俺は玄関を開け、車が走り出すところを見送った。
暑さが戻っていた。
強い日差しが、すべての像をぼやけさせ、刹那、すべてのものが真っ白になった。
像が戻ると、そこにはいつもの光景が広がっていた。
家の駐車スペースには、俺の車が止まっている。
その隣は、空だった。
家族とは何なのだろうか。
罵りあうことが、家族というのならば、俺はそんなものはいらない。
この家にいるのは、俺の娘の母親と娘が形成する家族で、俺はどこかの間借り人に過ぎなかった。
なくてはならないものが、ここにはない。
それは、何も無いという事と同じだった。
絶望と虚無の中で、
俺はただ仕事に向うしかなかった。
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