職安へ~それでも歯車はどうにか回る
休日だった。
朝起き上がると、キッチンへ行って食い物を探した。
何もなかった。
米粒ひとつ、昨晩余っていた筈の麺もなかった。
味噌汁すらなかった。
休日にやりたい事があった。
靴を新調する。
安いものでいい、仕事のしやすい靴がほしかった。
意を決して、仕事に使う靴が欲しいと妻に懇願した。
「お金なんか本当にないから。どうするつもりなの。本当にやっていけないから」
俺は家を出て、職安に向かった。
明日への希望を失ったような面持ちの、人、人、人の山。
受付を済ますと、2時間半待ちといわれた。
その間に、パソコンでバイト求人を検索し、めぼしいものを印刷した。
それでも、時間が有り余っていた。
午後一時。
まだ何も食っていなかった。
しかし、金はなかった。
コンビニへ行き、カードでカップラーメンを買い、車の中で食った。
職安へ戻ると、駐車場がいっぱいだった。
近くの病院に停めて、職安まで歩いた。
待合ベンチは空いていた。
斜め向かいに座っているおっさんが、紫色の顔を曇らせ、ため息をついていた。
しばらくすると、俺の隣に、太った女が座った。
何故だろう。
そのやわらかそうな腕や、ぽっこりとした腹部を見て俺は情欲を覚えた。
俺は狂っていた。
もう一度女を見た。
そして息を呑んだ。
女の頭髪が、斑に抜け落ちていた。
俺の受付番号が呼ばれ、相談ブースに移動する。
白髪の温厚そうな、相談員だった。
バイトの相談だと俺が言うと、今勤めているのかと、相談員が聞いてきた。
勤めていると答えると、一瞬、相談人が固まった。
早朝、あるいは深夜のバイトを探しているのだと、俺は言ったのだった。
その相談員にとって、ダブルワークはかなり過酷なことのように思えたのだろう。
相談員は目を丸くして、大丈夫ですか、と俺に言った。
「以前も、深夜のバイトをしていたんですよ」
俺が言うと、相談員は微笑みながら首を縦に振った。
何故か打ち解けてしまって、バイトをしようとする経緯も話してしまった。
笑い話として。
バイトをしろと、妻に言われたことまで。
「本業だけじゃ、食っていけなくて」
「奥さんは働いていないの?」
「ええ」
子供がまだ小さいことを話すと、相談員は勝手に納得したようだった。
「体壊しちゃいますよ。そうなったら、元も子もないですから、かえって医療費がかかったり、ね」
「今までは、平気でしたよ」
相談員は苦笑した。
バイトを2件申し込んだ。
ひとつは保険として。
また、食い物関係だった。
俺の経歴を見て、相談員がまた話しかけてきた。
学歴。
職歴。
今現在の状況。
「歯車が狂ってしまったんでしょうけれど、今度はその歯車が戻るといいですね」
今度は俺が苦笑する番だった。
仕事の歯車。
夫婦間の歯車。
すべては狂っている。
そして、俺自身も。
俺は相談員に礼を言い、職安を後にした。
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