恋愛~思春期の頃の妄想 | 日々を生きる。~大切なものを失って得たもの。

恋愛~思春期の頃の妄想

南の島。


海が見えるホテルのプールサイド。


僕はリクライニングに寝そべり、サイドテーブルのトロピカルドリンクに手を伸ばした。



日差しは強く、肌を焼いた。


それでも、風は心地よかった。



眼を細めながら、藍色の空と呆れるほど透き通ったアクアブルーの海面に視線を送る。


波の音は、ここまでは届かない。



「零」



麻里の声。



プールに視線を移すと、ほほえみながら手を振っている。


両手をプールサイドに着き、ゆっくりと上体を持ち上げ、一気に立ち上がった。


そのとき、驚くほど豊満な麻里の胸が大きく揺れ、水滴が飛び散り、強い日差しに反射してきらきらと輝いた。



「泳がないの」


「ああ、何となくボーっとしていたいんだよ」


「そう」


麻里は言いながら、トロピカルドリンクを奪い取り、口に含んだ。


そのまま僕に覆い被さり、顔を近づけてくる。


口が塞がれた。


「零、オレンジの味がする、ね」


「当たり前だろう、僕も同じ味がしたよ」


僕が笑いかけると、麻里もほほえみ、微かなはにかみを、目尻に漂わせた。





これが俺の思春期のころ抱いていた、恋に対してのファンタジーだった。



実際のところは、ガールフレンドはいなかったし、夏になると、近所のプールへ友人と繰り出し、よこしまな視線を同年代の女の子に向けて、頬を赤らめていた、ような気がする。


そんなシャイな俺は、悶々としながら、夜、必ずある音楽を聴いていたのだった。



A LONG VACATION 20th Anniversary Edition/大滝詠一
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当時、CDとレコードが混在する時代だった。

レコード屋で、このレコードジャケットを見て、俺は心を奪われた。


そこには、頭の中に想い描いた理想の風景が描かれていたのだった。



曲はレコードジャケットのイメージ通りだった。


すべての曲が、俺のファンタジーを膨らませ、頭の中で細部に至るまでくっきりと映像を結んだ。




昨日。


急に、大瀧詠一の(上記)ロングバケイションが聞きたくなり、押し入れの中から引っ張り出したのだった。


移動しながら、車の中で聞いた。



何故か数年前の家族旅行の情景が頭の中で再生された。






不機嫌な妻。


浮き輪を抱えた娘。


リクライニングに横たわったまま、サイドテーブルに手を伸ばす。


缶ビールを喉に流し込み、妻と娘に視線を送った。


椰子の木と白い砂浜。


アクアブルーに輝く海面もなかなかに綺麗で、唯一残念なのは、赤みがかった黒い海藻が、砂浜一面に打ち上げられていたところだった。


妻と娘がこっちへやってくる。


ビールを奪い取り、妻は飲みながら言った。


「替わってよ」


眉間のしわが、妻の感情を、雄弁に物語っていた。



「お父ちゃんと泳ごう」



俺は娘の手を取り、海に向かって歩き出した。







思春期の頃の夢は、ある意味叶ったと言えるのだろうか?


違った形で?


俺はだだ苦笑し、首を振った。




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