恋愛~思春期の頃の妄想
南の島。
海が見えるホテルのプールサイド。
僕はリクライニングに寝そべり、サイドテーブルのトロピカルドリンクに手を伸ばした。
日差しは強く、肌を焼いた。
それでも、風は心地よかった。
眼を細めながら、藍色の空と呆れるほど透き通ったアクアブルーの海面に視線を送る。
波の音は、ここまでは届かない。
「零」
麻里の声。
プールに視線を移すと、ほほえみながら手を振っている。
両手をプールサイドに着き、ゆっくりと上体を持ち上げ、一気に立ち上がった。
そのとき、驚くほど豊満な麻里の胸が大きく揺れ、水滴が飛び散り、強い日差しに反射してきらきらと輝いた。
「泳がないの」
「ああ、何となくボーっとしていたいんだよ」
「そう」
麻里は言いながら、トロピカルドリンクを奪い取り、口に含んだ。
そのまま僕に覆い被さり、顔を近づけてくる。
口が塞がれた。
「零、オレンジの味がする、ね」
「当たり前だろう、僕も同じ味がしたよ」
僕が笑いかけると、麻里もほほえみ、微かなはにかみを、目尻に漂わせた。
これが俺の思春期のころ抱いていた、恋に対してのファンタジーだった。
実際のところは、ガールフレンドはいなかったし、夏になると、近所のプールへ友人と繰り出し、よこしまな視線を同年代の女の子に向けて、頬を赤らめていた、ような気がする。
そんなシャイな俺は、悶々としながら、夜、必ずある音楽を聴いていたのだった。
- A LONG VACATION 20th Anniversary Edition/大滝詠一
- ¥1,847
- Amazon.co.jp
当時、CDとレコードが混在する時代だった。
レコード屋で、このレコードジャケットを見て、俺は心を奪われた。
そこには、頭の中に想い描いた理想の風景が描かれていたのだった。
曲はレコードジャケットのイメージ通りだった。
すべての曲が、俺のファンタジーを膨らませ、頭の中で細部に至るまでくっきりと映像を結んだ。
昨日。
急に、大瀧詠一の(上記)ロングバケイションが聞きたくなり、押し入れの中から引っ張り出したのだった。
移動しながら、車の中で聞いた。
何故か数年前の家族旅行の情景が頭の中で再生された。
不機嫌な妻。
浮き輪を抱えた娘。
リクライニングに横たわったまま、サイドテーブルに手を伸ばす。
缶ビールを喉に流し込み、妻と娘に視線を送った。
椰子の木と白い砂浜。
アクアブルーに輝く海面もなかなかに綺麗で、唯一残念なのは、赤みがかった黒い海藻が、砂浜一面に打ち上げられていたところだった。
妻と娘がこっちへやってくる。
ビールを奪い取り、妻は飲みながら言った。
「替わってよ」
眉間のしわが、妻の感情を、雄弁に物語っていた。
「お父ちゃんと泳ごう」
俺は娘の手を取り、海に向かって歩き出した。
思春期の頃の夢は、ある意味叶ったと言えるのだろうか?
違った形で?
俺はだだ苦笑し、首を振った。