お前に飲ます酒はない
就寝前、妻が俺に対して、ただ一言こういった。
「高い酒飲まないでね。飲むなら安酒買ってきて飲んでくれる」
それが今日一日、妻の口から突いて出て、俺にたたきつけられた唯一の言葉だった。
俺はいろいろと忙しい。
妻のそんな言葉に対して、腹を立てている暇などないのだ。
給料をより多くもらって、妻の暮らしを向上させようなどとは、はなから考えていない。
俺と娘のためだ。
妻のために、などと考えてしまうと、腹が煮えて、やる気が失せるだけなのだった。
普段、妻に言われなくても、安酒だった。
小遣いで買うのだ。
安い酒しか買えるわけがなかった。
一升で500円。
信じられない安さだが、俺にとっては高くもなく、安くもなかった。
妻が正月に、俺の酒を飲んだら頭が痛くなったと言っていた。
次の日、そこそこの酒を妻が買ってきた。
妻も飲み、俺も飲んだ。
しかし、飲む量が違った。
それで頭にきたのだろう、今日の物言いだった。
考えてみれば、理不尽な話だった。
わずかなサラリーだが、俺の働いた金で、我が家の生活は成り立っているのではないのか。
わずかばかりの贅沢も、妻には許されて、俺には許されないとでもいいたいのか。
かまうものか。
飲んだ分、水で薄めてやろうか。
俺はキッチンに置いてある一升瓶を探した。
妻が買ってきた酒は何処にもなかった。
俺は苦笑し、そのまま酒を買いに行った。
