希望を持て
虫がいるから捕れ。
そんな怒号から、俺の一日が始まった。
居間に行くと、壁に蟷螂が這っていた。
捕まえると、指を挟まれた。
咄嗟に、振り落とす。
そんな俺をみて、すかさず怒鳴り声が浴びせられた。
「なにをやっているのよ」
しばらく居間にいると、妻が邪魔だと言うように溜息をつく。
のどが痛かった。
暖房のせいか、俺は咳き込んでしまった。
また、怒鳴り声が浴びせられる。
「ここで、大げさにやってないでよ」
たまらず居間を出た。
しばらく洗面所でじっとしていた。
自室へ行くと、100%文句だった。
冷静に考えてみる。
一緒にいれば怒鳴られ、離れていても文句なのだ。
どうせ怒鳴られるのなら、離れていた方が良い。
寒さに耐えられず、自室へ行き、じっとしてた。
時々、足音が聞こえる。
そのたびに、びくりとした。
何もすることがなく、時間だけが過ぎていった。
怒鳴り声。
「そうやって部屋で好きなことして、気楽なものね。そんなんで、ご飯だけはちゃんと食べるんだから。よく平気でいられるわ」
仕事をして、家事をこなし、それでも飯を喰うことさえ非難されるのか。
もう相手にしなかった。
好きなだけ、怒鳴れば良い。
もし、部屋まで押しかけてくるならば、怒鳴り返してやろうと思った。
良いも悪いもないのだ。
怒りで圧倒してやりたかった。
TVのスイッチを入れた。
東京女子マラソンで高橋尚子が優勝したようだった。
思わず、見入ってしまった。
壇上に立ち、彼女は言った。
~みなさんも、あきらめずに希望を持ってがんばってください~
そんな意味のことを、言っていた。
2年間、苦渋に満ちた時期を過ごし、たった今復活を遂げた彼女の言葉が、俺の心に響いてくる。
気付くと俺は、涙ぐんでいた。