短編 「憎しみの果てに」 第5話
「ただのお遊びさ」
武田が始めて口を開いた。
短くなったタバコを灰皿で乱暴に消し、加奈子を覗き込むようにして話し始めた。
「田口がお前を口説き落とせるかどうか、賭けないかと言ってきた。俺は面白半分でその話に乗っただけだよ」
加奈子はもう、武田の方を見ようとはしなかった。
灰皿を、ぼんやりと見つめているだけだ。
武田が、笑いながら言った。
「お陰で、ずいぶんと儲けさせて貰ったけどな」
「俺は、大損した」
隣で、横山が返した。
この卑劣な賭けに参加したのは、横山と田口と武田の三人だけだったのだろうか。
ひょっとすると、多くの者が加わっていたのかもしれないと思った。
加奈子の様子を窺うために、教室を覗き込んでいた何人かの生徒の顔を、ふと思い起こした。
「だいたいな、お前みたいな女を武田が本気で好きになるわけねえだろうが」
横山が煽った。
虫歯で穴が開いて、黒く変色した前歯が汚い。
わたしは、田口が何故こんなことを仕向けたのだろうかと考えていた。
わたしを憎んでいるのは知っている。
横山も同じだ。
わたしが憎ければ、わたしを苛めればいい。
少なくとも、加奈子に対してこれほどのことをする理由はないのではないか。
「まったく笑わせてもらったぜ、コンタクトなんかに替えちゃってよ。がり勉の吉田ちゃんが急に色気付いちゃってさ」
そう言いながら横山は笑った。
加奈子の顔が歪んている。
必死に涙を堪えているようだった。
「これ、返すわ」
そう言って、武田は首に巻かれたシルバーのアクセサリーを加奈子の方へ放り投げた。
テーブルの上を滑り、私と加奈子の間に落ちた。
加奈子が堰を切ったように、声を上げて泣き始めた。
顔を覆った両手から、涙が零れ落ちている。
なんと声をかければよいか、わからなかった。
ただ、加奈子、加奈子と名を呼ぶばかりだった。
「やっぱ、俺の好みじゃないわ」
加奈子のことを言ったのか、投げつけてきたアクセサリーのことを言ったのかよくわからなかった。
加奈子は急に立ち上がり、走って店を出て行った。
わたしはもう一度加奈子の名を呼び、後を追おうとした。
「ちょっと待てよ」
横山が立ち上がり、わたしを止めようとしてくる。
怒りがこみ上げてきた。
とっさに、落ちていたアクセサリーを拾い上げ、思い切り投げつけた。
それは横山でなく、武田の額に命中した。
「最低だわ、あんたたち」
大声を上げていた。
二人は一瞬たじろいたようだったが、加奈子を追って店を出たわたしを、追おうとはしなかった。
あたりを見回しても、加奈子は見つからなかった。
帰宅して、加奈子の自宅に2度電話をした。
夕方と夜である。
母親が出て、まだ帰宅していないと答えた。
その夜は一睡も出来なかった。
目を瞑ると、加奈子と武田が肩を寄せ合って、夜の町に消えていく姿が蘇ってきた。
怒りとも憎しみとつかない感情が、胸の奥底で燻っていた。
翌朝登校すると、加奈子はいなかった。
学校を休んだ、という意味ではない。
この世から、いなくなった。
その事実を、どうしても認めることが出来なかった。
加奈子の席を、ぼんやりと見つめた。
菊の花が一輪、置かれている。
嘘だ。
横山あたりが嫌がらせで置いたのだろう。
そんなことを、頭の中で何度か呟いた。
武田が始めて口を開いた。
短くなったタバコを灰皿で乱暴に消し、加奈子を覗き込むようにして話し始めた。
「田口がお前を口説き落とせるかどうか、賭けないかと言ってきた。俺は面白半分でその話に乗っただけだよ」
加奈子はもう、武田の方を見ようとはしなかった。
灰皿を、ぼんやりと見つめているだけだ。
武田が、笑いながら言った。
「お陰で、ずいぶんと儲けさせて貰ったけどな」
「俺は、大損した」
隣で、横山が返した。
この卑劣な賭けに参加したのは、横山と田口と武田の三人だけだったのだろうか。
ひょっとすると、多くの者が加わっていたのかもしれないと思った。
加奈子の様子を窺うために、教室を覗き込んでいた何人かの生徒の顔を、ふと思い起こした。
「だいたいな、お前みたいな女を武田が本気で好きになるわけねえだろうが」
横山が煽った。
虫歯で穴が開いて、黒く変色した前歯が汚い。
わたしは、田口が何故こんなことを仕向けたのだろうかと考えていた。
わたしを憎んでいるのは知っている。
横山も同じだ。
わたしが憎ければ、わたしを苛めればいい。
少なくとも、加奈子に対してこれほどのことをする理由はないのではないか。
「まったく笑わせてもらったぜ、コンタクトなんかに替えちゃってよ。がり勉の吉田ちゃんが急に色気付いちゃってさ」
そう言いながら横山は笑った。
加奈子の顔が歪んている。
必死に涙を堪えているようだった。
「これ、返すわ」
そう言って、武田は首に巻かれたシルバーのアクセサリーを加奈子の方へ放り投げた。
テーブルの上を滑り、私と加奈子の間に落ちた。
加奈子が堰を切ったように、声を上げて泣き始めた。
顔を覆った両手から、涙が零れ落ちている。
なんと声をかければよいか、わからなかった。
ただ、加奈子、加奈子と名を呼ぶばかりだった。
「やっぱ、俺の好みじゃないわ」
加奈子のことを言ったのか、投げつけてきたアクセサリーのことを言ったのかよくわからなかった。
加奈子は急に立ち上がり、走って店を出て行った。
わたしはもう一度加奈子の名を呼び、後を追おうとした。
「ちょっと待てよ」
横山が立ち上がり、わたしを止めようとしてくる。
怒りがこみ上げてきた。
とっさに、落ちていたアクセサリーを拾い上げ、思い切り投げつけた。
それは横山でなく、武田の額に命中した。
「最低だわ、あんたたち」
大声を上げていた。
二人は一瞬たじろいたようだったが、加奈子を追って店を出たわたしを、追おうとはしなかった。
あたりを見回しても、加奈子は見つからなかった。
帰宅して、加奈子の自宅に2度電話をした。
夕方と夜である。
母親が出て、まだ帰宅していないと答えた。
その夜は一睡も出来なかった。
目を瞑ると、加奈子と武田が肩を寄せ合って、夜の町に消えていく姿が蘇ってきた。
怒りとも憎しみとつかない感情が、胸の奥底で燻っていた。
翌朝登校すると、加奈子はいなかった。
学校を休んだ、という意味ではない。
この世から、いなくなった。
その事実を、どうしても認めることが出来なかった。
加奈子の席を、ぼんやりと見つめた。
菊の花が一輪、置かれている。
嘘だ。
横山あたりが嫌がらせで置いたのだろう。
そんなことを、頭の中で何度か呟いた。