駄目な男 後編
腹が減ってきた。
そろそろ夕食の時間である。
車中で菓子などを喰っただけで、昼食は摂っていない。
遅い朝食を出掛ける前に摂っただけだ。
ショッピングセンターの中にあるレストランの前で、立ち止まった。
ここで食事を摂ろうということになった。
それでも、妻は後にしようと言った。
お菓子を食べたばかりでまだ空腹でないらしい。
家族で、テナントが立ち並ぶ通路を歩いた。
少し歩いて時間を潰せは、腹も減るだろう。
アクセサリーショップで妻が立ち止まった。
二つのアクセサリーを手にとって選んでいる。
どちらがいいと思う。
そう聞いてきた。
俺は自分のよいと思った方を指差した。
何度も交互に見ながら、結局妻が選んだものは、俺がよいと言ったものだった。
俺は自分の財布から金を出した。
それから、妻が大きな鉢植えを数点買ったため、それを車に放り込んでから食事をしようということになった。
露天の駐車場出入り口から外を見ると、雨が降っていた。
激しく降りつける雨を見ながら、妻が言った。
私が置いて来るから、○○見ていて。(○○は娘の名前)
そう言って雨の中、カートを押していった。
雨に濡れる妻を見ながら、俺は嫌な気分に襲われた。
俺が行くべきだった。
そう思っても、すでに遅かった。
案の定、戻ってきた妻は、不機嫌だった。
「私と別れた後、ほかの女と付き合う事もあると思うから言っておくけど」
妻が投げかけた言葉に、一瞬思考が止まった。
別れるという単語に、反応したのかもしれない。
普通の男は、女を雨に濡らすような事はしない。
私の父もそうだったし、それが常識だと言った。
返す言葉がなかった。
もしも、俺が置いて来ると言ったらどうだったろうか。
それでも妻はいいよと言って、雨の中カートを押して行っただろう。
そして、雨に濡れても腹を立てることはなかったのではないか。
俺が言葉をかけてくるのを、待っていたのではないか。
妻を気遣うことすら出来ない、駄目な男。
胸の奥底にあった、暖かいものは、消えてなくなった。
結局、飯も喰わずに帰ることになった。
雨で濡れた路面は、鏡のようにヘッドライトを照り返していた。
前方に見える赤いテイルランプが、雨で滲んでいる。
泣きたくなってきた。
それでも、涙など出なかった。
悲しいことを思い出そうとした。
映画のシーンが浮かんだ。
それでも、一粒の涙も出なかった。
やがて、母を思い出した。
病んで、入院する前の母の姿。
微かに視界が滲んだ。
雨ではない。
確かに涙だった。
そして、溢れ出すことなくすぐに乾いた。
助手席をちらりと見た。
妻は眠っていた。