短編 「憎しみの果てに」 第2話
後部座席から、父と母の後姿がみえる。
海の帰り。
高速道路を走っていた。
座席の間から顔を突き出し、父と母の顔を交互に見遣る。
母は窓の外をぼんやりと眺めている。
父は、口を引き結び、黙って前を見据えている。
正面を見た。
緩いカーブを描きながら、道はどこまでも続いている。
耳鳴りがした。
周りの音が何も聞こえなくなった。
母と父が、何か言い合っている。
次の瞬間、衝撃がきて体が前に投げ出されそうになった。
母が後ろを向き、私に何か叫んでいる。
口の動きで、わたしの名を呼んでいることがわかった。
母の眼。
恐怖の色。
その時、私は眼を覚ました。
全身汗まみれだった。
鼓動も早く、呼吸も乱れている。
よく事故の夢を見た。
家族旅行で海水浴に出かけた帰り、事故に遭った。
高速道路の中央分離帯に一度接触し、そのままゆらゆらと速度を増しながら直進し続け、路側帯側の壁に激突した。
父は事故で死んだのではなく、心臓発作だった。
突然の心臓発作により、コントロールをなくしての事故である。
母は、車外に投げ出されて即死だった。
シートベルトはしていなかった。
これらの事柄は、事故の後、叔母に聞かされたことで、自分では詳しい状況をまったく覚えてはいなかった。
夢で見るそれも、ほんの断片に過ぎない。
「真由美、悪い夢でも観たの」
わたしは、口に運びかけた箸をとめた。
叔母にはいつも驚かされた。
私の気持ちを、正確に読む。
「事故の夢、また見た」
「そう。忘れられるはずないわよね」
煮魚とおしんこを交互に口に運んだ。
両親と暮らしていたころ、カレーやスパゲティーばかり食べていたわたしも、叔母と暮らすようになって、やっと煮物もおいしいと感じられるようになっていた。
叔母は平静を装っているということが、なんとなくわかった。
教室に入ると、加奈子がおはようと声をかけてきた。
加奈子が助け舟を出し手くれた後、苛めは減った。
クラス中の者ほとんどが、その後も私を無視し続けていたが、少なくとも机の上に花を飾られたり、足を引っ掛けられて転ばせられたり、周囲を取り囲まれ、体中を叩かれたりすることはなくなった。
そして、加奈子はわたしにとって親友と呼べる存在に徐々になっていった。
「あんたたち、いつもべたべたしていてなんだか怪しいんじゃない」
田口明子が、私たちの方に来てそう言った。
わたしは思わず、声を上げて笑った。
「何が可笑しいのよ」
明子の顔色が変わった。
こめかみに浮き出た血管が脈打つのが、はっきりと見えた。
体を近づけてくる明子と私の間に、加奈子が割って入った。
「やめなさいよ。明子さん。また問題になるわよ」
全国的に苛めが深刻な問題になっていた。
昨年、某有名校の女生徒が、虐めを苦に自殺していた。
TVでも大々的に報道された。
私たちの通う高校でもこうして苛めは日常的にあって、学校側は虐めを排除しようと必死だった。
ちょっとした、言い争いもすぐに教師に咎められたり、場合によっては父兄によって告発され問題になっている。
明子は、ひと言、覚えてなさいよとはき捨て、仲間の集まるところに戻っていった。
わたしは明子の方に視線をやった。
明子の憎しみのこもった視線が、わたしを刹那硬直させた。
海の帰り。
高速道路を走っていた。
座席の間から顔を突き出し、父と母の顔を交互に見遣る。
母は窓の外をぼんやりと眺めている。
父は、口を引き結び、黙って前を見据えている。
正面を見た。
緩いカーブを描きながら、道はどこまでも続いている。
耳鳴りがした。
周りの音が何も聞こえなくなった。
母と父が、何か言い合っている。
次の瞬間、衝撃がきて体が前に投げ出されそうになった。
母が後ろを向き、私に何か叫んでいる。
口の動きで、わたしの名を呼んでいることがわかった。
母の眼。
恐怖の色。
その時、私は眼を覚ました。
全身汗まみれだった。
鼓動も早く、呼吸も乱れている。
よく事故の夢を見た。
家族旅行で海水浴に出かけた帰り、事故に遭った。
高速道路の中央分離帯に一度接触し、そのままゆらゆらと速度を増しながら直進し続け、路側帯側の壁に激突した。
父は事故で死んだのではなく、心臓発作だった。
突然の心臓発作により、コントロールをなくしての事故である。
母は、車外に投げ出されて即死だった。
シートベルトはしていなかった。
これらの事柄は、事故の後、叔母に聞かされたことで、自分では詳しい状況をまったく覚えてはいなかった。
夢で見るそれも、ほんの断片に過ぎない。
「真由美、悪い夢でも観たの」
わたしは、口に運びかけた箸をとめた。
叔母にはいつも驚かされた。
私の気持ちを、正確に読む。
「事故の夢、また見た」
「そう。忘れられるはずないわよね」
煮魚とおしんこを交互に口に運んだ。
両親と暮らしていたころ、カレーやスパゲティーばかり食べていたわたしも、叔母と暮らすようになって、やっと煮物もおいしいと感じられるようになっていた。
叔母は平静を装っているということが、なんとなくわかった。
教室に入ると、加奈子がおはようと声をかけてきた。
加奈子が助け舟を出し手くれた後、苛めは減った。
クラス中の者ほとんどが、その後も私を無視し続けていたが、少なくとも机の上に花を飾られたり、足を引っ掛けられて転ばせられたり、周囲を取り囲まれ、体中を叩かれたりすることはなくなった。
そして、加奈子はわたしにとって親友と呼べる存在に徐々になっていった。
「あんたたち、いつもべたべたしていてなんだか怪しいんじゃない」
田口明子が、私たちの方に来てそう言った。
わたしは思わず、声を上げて笑った。
「何が可笑しいのよ」
明子の顔色が変わった。
こめかみに浮き出た血管が脈打つのが、はっきりと見えた。
体を近づけてくる明子と私の間に、加奈子が割って入った。
「やめなさいよ。明子さん。また問題になるわよ」
全国的に苛めが深刻な問題になっていた。
昨年、某有名校の女生徒が、虐めを苦に自殺していた。
TVでも大々的に報道された。
私たちの通う高校でもこうして苛めは日常的にあって、学校側は虐めを排除しようと必死だった。
ちょっとした、言い争いもすぐに教師に咎められたり、場合によっては父兄によって告発され問題になっている。
明子は、ひと言、覚えてなさいよとはき捨て、仲間の集まるところに戻っていった。
わたしは明子の方に視線をやった。
明子の憎しみのこもった視線が、わたしを刹那硬直させた。