虫けら | 日々を生きる。~大切なものを失って得たもの。

虫けら

妻が帰宅し、その顔を見定めた瞬間、不機嫌だとわかった。

明確な意思表示である。

いつものことだった。


廊下ですれ違うとき、ぶつかりそうになる。

俺はごめんと一言、いった。

その言葉は、そのまま妻の耳をすり抜けていったようだ。


部屋に入り、布団に潜り込むと、妻の怒鳴り声が聞こえた。

「ちゃんと片付けてよ。ゴキブリが出るじゃない」

娘の食べ残しである。

まあいいかと思い、片付けなかった。



風呂を洗い、食器を洗い、娘に食事をさせ、風呂に入れる。

それが、限界だった。

気力を振り絞って、なんとか体を動かしたようなものだった。

物事に対して、やる気が湧かない。

どうしてしまったのか。

仕事を片付け、帰宅するとそうなるのだった。

三日以上、頭痛が続くというのも気にかかる。

まさか、鬱になりかけているのでは。


娘の食べ残したものを、袋に詰めてゴミ箱に入れる。

食器はシンクへ、重ねた。

はっきりしない意識のまま、布団へ潜り込んだ。

また、怒鳴り声だった。

「食器くらい、洗ってよね」

ゆっくりと体を起こして、台所へ向かった。

皿を洗った。

やはり、反論する気さえも起きなかった。


俺の扱いは、虫けら以下ではないのか。

虫に変身したグレゴールザムザだって、もうちょっと大事にされていた様な気がする。



目を閉じた。

家事をこなす、虫けら。

そんなものを、頭の中で想像していた。