願望充足
ちょっと厚めの唇が、ハリウッド女優を思い起こさせた。
肩まで伸びた黒髪に、スーツがよく似合っている。
俺はそっと、髪に触れた。
ちょっと微笑んで、唇を押し付けてくる。
何をやっているのだ。
そんなことは、考えていなかった。
どうにでもなれ。
そんな投げやりな、気持ちがあるだけだった。
二人で、駐車場まで、歩いた。
おもわず歩を止め、彼女に、反対方向へ歩くように言う。
前方に、知人がいたのだ。
俺は知人の目を盗みながら、車に乗り込むとキーを回した。
ゆっくりと車を出して徐行しながら、彼女を探す。
車は、国産の高級車だった。
この辺だろうと、見当をつけて車を路上に止め、ガキをかけた。
探し回ったが、彼女は見つからない。
一度、車の止めてあるところまで戻った。
俺は、立ち尽くすしかなかった。
車は、そこには無かった。
そこで、目が覚めた。
夢。
なぜ、このような夢を観たのだろうか。
アバンチュールに、溺れてみたいとも思っていない。
妻と仲よくやって行きたいと、願うだけだ。
それなのに、夢の中の俺は、火遊びを楽しんでいるようだった。
心の奥底で、妻に対する気持ちを投げてしまったという事か。
フロイトの言うように、夢が願望充足というならば、俺の願望とはいったい何なのだろう。
頭痛が酷い。
こめかみに指を押し当てて揉んでみたが、左顔面まで広がった痛みは、消えなかった。
最後に妻と口付けした時のことを、思い起こそうとしたが、思い出せない。
それなのに、さっき観た夢は、克明に思い起こすことが出来るのだった。
