短編小説 「夢」 第4話 エピローグ
事故の連絡を、自宅で受けた時、主人の意識はすでに無かった。
脳にかなりのダメージを受け、喋る事も出来ず、脳死状態と言ってもいいくらい、ひどい状態だった。
すぐに、自立呼吸も出来なくなり、すぐさま人工呼吸器に繋がれた。
ただ、脳の機能が完全に停止してはいないと、医師から説明を受けていた。
回復の見込みは、全く無く、心臓が止まるのをだだ待っているようなものだった。
その状態で3週間が過ぎた。
学生時代の友人に、医師がいた。
それなりに、親しい関係だった。
わたしが、その彼に好意を寄せていた時期もあった。
その彼を、主人の治療のことで相談があると、一度家に呼んだ。
その時、わたしは泣き続けていて、話すことなどできなかった。
ようやく、彼と言葉を交わした時、部屋の隅に人の気配を感じた。
何故か、主人だと思った。
あなた、違うのよ。
心の中で、そう呟いたのだった。
家の中にいると、主人の事を思い出す。
二度と使われる事の無い、食器類。
主人が集めていた映画のDVD。
二人で並んで撮った、旅の写真。
なぜ、もっとやさしくしてやれなかったのか。
悔やんでみても、もう遅かった。
最後の朝、主人にキスを求められ、それすら拒否した。
私を恨んで、死んでいったのかもしれない。
最期の時、頭すら動かす事の出来なかった主人が、わたしの方へ視線を向け、口を動かした。
何を言いたかったのだろうか。
一人になると、そのことを考えてしまうのだった。
ボロボロになった主人の車の中にあった、沖縄旅行のパンフレットに、そっと触れた。
よし決まりだな。
それが最後の言葉だった。
気が付くと夕方だった。
立ち上がろうと思ったとき、寝室で何か物音がした。
寝室へ行き、私は息を飲んだ。
ベッドの上に、ピアスが落ちていた。
主人からのプレゼント。
どうして、ここに。
ピアスを拾い上げ、胸に当てた。
あなた。
どこかで、わたしを見ているの。
呟いていた。
天井を見上げた。
木目が幾重にも重なっている。
一点に、目が奪われていた。
よく見ると、人の顔のように見える。
怒っているのか、笑っているのかよくわからない表情だった。
見続けているうちに、ちょっと笑っているように見えた。