短編小説 「夢」 第一話 | 日々を生きる。~大切なものを失って得たもの。

短編小説 「夢」 第一話

トーストと、ハムエッグ。
ありきたりの朝食を摂り、新聞に目を通した。
気になるような記事もなかった。
ネクタイを締め上げる。
ゴールデンウィークだというのに、仕事だった。
オンラインシステムの大幅な変更で、クライアント企業が休みのときに納品しなければならないのだ。
玄関まで、妻が見送りに来る。

「お出かけのキスは」

私は唇を突き出し、妻に催促した。
いやだ。妻はそういい、私の頬を手で押し戻してくる。
いつから、妻は私を拒絶し始めたのか。
仕事が忙しく、帰宅は毎日深夜だった。
夫婦の時間など、ありはしなかった。
今日のように、休日などもあってないようなものだ。

「いってらっしゃい」

背中に声がした。
私は振り返って、妻をみつめた。
遠い。
何故そう感じたのだろうか。
思ったときには、もう話し始めていた。

「今度の仕事が終わったら、休暇をとるから、どこかにいかないか」
「どこかって」
「お前の行きたいところでいい」
「それなら、沖縄がいい」
「わかった、決まりだな」

片手を軽く挙げて、車に乗り込んだ。
道路は空いていた。
私だけ反対方向に走っているのだ。
途中、コンビニによって、旅行雑誌と沖縄行きのツアーパンフレットを手に入れた。
幹線道路を飛ばした。
寄り道して、少しだけ遅れたが、このまま飛ばせば十分に間に合うだろう。
カーラジオからは、間の抜けたような男の声が聞こえてくる。
ゴールデンウィークはいかがお過ごしですか。
どこかへお出かけですか。
そんな問いかけに、俺は仕事だと、呟いていた。
緩やかな左カーブを、スピードを出して抜けて行く。

いきなりだった。

こちらを確認もせずに、軽自動車が飛び出して来た。
ブレーキを思い切り蹴って、ハンドルを切る。
視界が回った。
ガードレールが、目の前を掠める。
車はスピンして、反対方向を向いて止まった。
なんとか、接触しないで済んだようだった。
運がよかった。
ブラインドコーナーの出口である。
動悸が激しい。
気が付くと、エンジンが止まっていた。
小刻みに震える右手でキーを回し、ゆっくりと前方に眼をやった。
すぐそこに、トラックが迫っていた。

ぶつかる。

そう思ったのと同時に、視界が途切れた。