記憶
真夜中、帰宅した。
すでに、妻たちは寝室だった。
物音を立てないように、そっと玄関を開ける。
暗闇の中、キッチンへ行きウイスキーをコップへ注いで、水道の水で薄めた。
一口で、飲んだ。
それを3回繰り返す。
そのまま風呂へ入った。
妻とよく一緒に入ったものだ。
いつから、一緒に入らなくなったのか。
考えてみたが、遠い昔のことのように思えた。
うまくいっていた時のことを思い出すと、胸の中がざわついた様になった。
この期に及んでも、妻が恋しい。
そう思ってしまう自分は、いったい何なのだ。
妻は、俺のことを憎んでいないか。
俺に対する感情自体、ないのではないか。
風呂を出て、もう一杯酒を煽り、妻たちの寝室へ向かった。
そっと、ドアを開けた。
娘はいつものように、うつ伏せに寝ている。
妻は上掛けに抱きつくように、横を向いていた。
しばし、寝顔をみつめた。
軽く閉じられた瞼。
少し開いた、唇。
それは、以前の、妻の表情だった。
ふと、初めて唇をかさねた日のことを思い出した。
目を閉じて、頭を振った。
おやすみ。
そう呟き、ドアを閉めた。
いくら頭を振っても、払い落とせないものがあった。
甘味な記憶。
そんなものは、消えて無くなればいい。
布団にもぐりこんでも、それが頭の中を回っていた。