短編 「真理子 第1話」
娘が部屋の中を、駆け回っていた。
時々こちらに来ては、声を上げて逃げ回ることを繰り返している。
私は、押入れの中のものを取り出し、部屋の隅に重ねていった。
初めて見るものが多い。
生前、父が使用していた部屋で、押入れの中を本格的に片付けるのは初めてだった。
私の写真や、母や父のものもあった。
埃を被った、段ボール箱を開けた。
古い画用紙を、紐で綴じたようなものが一番上にある。
開いてみた。
クレヨンで書かれた、下手糞な絵。
私が子供の頃書いたものだった。
真ん中に、私がいる。
右に、私よりちょっと背の高い、少女と思しき人物。
左には、私と背格好の同じ少年がいた。
三人はそれぞれ、手を繋いでいる。
妻の声が聞こえた。
「ちょっと、いつまでやっているの。今日中に終わるんでしょうね」
「真由美の面倒をみながら片付けているんだ。つべこべ言うな」
妻が部屋に入ってきた。
何よ。言いながら、絵を覗き込んでくる。
娘がママといい、妻の足に飛びついてきた。
「なにこれ。あなたが書いたものなの」
「そうだよ」
娘が絵を覗き込んで、少女を指差して言った。
「おねえちゃん」
「ほう。よくわかったね」
何言っているのよと、妻が言った。
「あなたは、一人っ子でしょ」
「そうじゃないんだ。子供の頃、よく遊んでた友達だよ」
妻は、ちょっとからかうような笑みを顔に貼り付け、私を覗き込んでくる。
「初恋ってか」
そう言い、妻は娘を抱き上げ、部屋を出て行った。
今もあの頃を、思い出す。
古ぼけた木造の賃貸住宅。
道路を挟んで立ち並ぶ鋳物工場。
新しくなった、競艇場。
小さな庭で咲いていた朝顔。
そして、遊び友達。
両親と、そろって暮らした、僅かな時期でもあった。
父は、私が小学校に入学した年に海外へ赴任した。
年に2度、帰国するだけで、それは母が癌で倒れるまで続いた。
そして、父は母の看病のため会社を辞めた。
母がこの世を去ると、また父と二人暮らしになった。
一瞬の、きらめきのようなものだったのか。
それとも、幻だったのか。
あの子は、今どうしているのだろう。
兄弟のいない私は、彼女に対して姉のような感情を抱いていたと思う。
ひょっとすると、子供心に恋をしていたのかもしれない。
私は、クレヨンで書かれた彼女の黒い髪を、指でそっと撫でた。
時々こちらに来ては、声を上げて逃げ回ることを繰り返している。
私は、押入れの中のものを取り出し、部屋の隅に重ねていった。
初めて見るものが多い。
生前、父が使用していた部屋で、押入れの中を本格的に片付けるのは初めてだった。
私の写真や、母や父のものもあった。
埃を被った、段ボール箱を開けた。
古い画用紙を、紐で綴じたようなものが一番上にある。
開いてみた。
クレヨンで書かれた、下手糞な絵。
私が子供の頃書いたものだった。
真ん中に、私がいる。
右に、私よりちょっと背の高い、少女と思しき人物。
左には、私と背格好の同じ少年がいた。
三人はそれぞれ、手を繋いでいる。
妻の声が聞こえた。
「ちょっと、いつまでやっているの。今日中に終わるんでしょうね」
「真由美の面倒をみながら片付けているんだ。つべこべ言うな」
妻が部屋に入ってきた。
何よ。言いながら、絵を覗き込んでくる。
娘がママといい、妻の足に飛びついてきた。
「なにこれ。あなたが書いたものなの」
「そうだよ」
娘が絵を覗き込んで、少女を指差して言った。
「おねえちゃん」
「ほう。よくわかったね」
何言っているのよと、妻が言った。
「あなたは、一人っ子でしょ」
「そうじゃないんだ。子供の頃、よく遊んでた友達だよ」
妻は、ちょっとからかうような笑みを顔に貼り付け、私を覗き込んでくる。
「初恋ってか」
そう言い、妻は娘を抱き上げ、部屋を出て行った。
今もあの頃を、思い出す。
古ぼけた木造の賃貸住宅。
道路を挟んで立ち並ぶ鋳物工場。
新しくなった、競艇場。
小さな庭で咲いていた朝顔。
そして、遊び友達。
両親と、そろって暮らした、僅かな時期でもあった。
父は、私が小学校に入学した年に海外へ赴任した。
年に2度、帰国するだけで、それは母が癌で倒れるまで続いた。
そして、父は母の看病のため会社を辞めた。
母がこの世を去ると、また父と二人暮らしになった。
一瞬の、きらめきのようなものだったのか。
それとも、幻だったのか。
あの子は、今どうしているのだろう。
兄弟のいない私は、彼女に対して姉のような感情を抱いていたと思う。
ひょっとすると、子供心に恋をしていたのかもしれない。
私は、クレヨンで書かれた彼女の黒い髪を、指でそっと撫でた。