牛歩 | 日々を生きる。~大切なものを失って得たもの。

牛歩

深夜の帰宅だった。



静まり返る家に、入っていく。

妻たちの寝室を通り過ぎようとしたとき、戸が開いた。


「冷蔵庫に、おかずあるから温めて食べて」


少し、滑稽だった。

戸の隙間から、顔だけ覗かせている。

娘を起こしてしまわないためだろう、と思いながら、なんだか可笑しくなった。

いつも、声などかけて来ないのにな。

そう思いながら、俺は穏やかな気持ちで返事をしていた。



牛歩。

それでもいい。

昨日より今日。

そうやって、少しずつ前に進めばいい。

冷蔵庫を開け、碗に盛られたおかずをレンジで温めた。

一人の夜食も、悪くない。



少なくとも、俺の帰りを待っていて、こうして料理が準備されているのだ。

これが、当たり前と思わないことだ。

そう、肝に銘じた。



一杯だけ酒を飲んだ。

ディスカウントストアーのようなところで、

妻に買ってもらった酒だった。

何故なのだろう。


たった一杯で、酔っていることが不思議だった。