見えないもの
「誰か来た」
娘が言った。
ここ数日、よくそのようなことを言う。
もちろん、誰もいない。
「誰が来たの」
そう聞いても、答えない。
「それじゃ、ご挨拶してきて」
娘は、走って玄関へ向かった。
「こんにちわ」
玄関のドアに向かって、言っていた。
まさかな。
娘には、何か見えるのだろうか。
風呂で娘は、一日の出来事をよく俺に話してくれる。
娘が誰か来たと言う。
それは、日中の出来事なのかもしれない。
「その誰かと、話してごらん」
ちょっと、気味が悪かった。
「ただいまって、いってる」
「びっくりしたって」
テレビなどでよく観る、そういった番組は、サイエンスのかけらも無い。
自称能力者が見えると言えば、驚きとともに、妄信的に信じてしまう。
科学的に検証すらしない。
ほとんどは、幻覚に過ぎないのではないか。
人の知覚など、驚くほど曖昧で、いい加減なものなのである。
ただ、どうしても錯覚や幻覚と思えないことも、しばしば起こったりする。
娘は、妻との会話を再現しているのだけなのか。
もう一度、聞いてみた。
「誰が来たの」
「ままさん」
妻のことなのか。
娘は、妻のことをママさんなどと呼ばない。
いつも、ママである。