ガキ
車の運転が苦痛だった。
前方の信号が赤なのに、なぜアクセル開ける。
なぜ、停止線をオーバーする。
なぜ、左により過ぎる。
なぜ、急ブレーキをかける。
助手席側では運転している者よりも、危険を感じやすい。
狭い道路ではすぐ左側がガードレールだったり、
ブレーキを踏むタイミングが、自分の感覚と違ったりするからだ。
運転には細心の注意をはらっている。
それでも妻の注意は止まない。
車を止め、降りると同時に、捨て台詞を吐く。
「そんなに俺の運転が気に喰わなければ、自分で運転しろ」
頭の中で想像するだけだった。
その後、さらにひどい言葉を浴びせられるところで、空想は終わった。
目的地まで、まだ距離があった。
眠気を紛らわすため、ガムを取り出し、口の中へほうり込んだ。
取り留めのないものが、頭で渦巻いている。
こんなもので、眠気を追いやることは出来なかった。
「両手をハンドルから離す癖やめなさいよ」
いきなり声が降って来て、俺は硬直した。
ほんの一瞬だった。
それでも、危険な行為であることに、かわりはなかった。
俺は、反省していた。
それでも、俺の顔は歪み、破れた皮膚から流れたす膿のように、
不快な感情を、露にしていたのかもしれない。
「どうせ、わたしの言うことは耳に入らないと思うけど」
窓に板を張り付け、台風が過ぎ去るのを、
ただじっと耐えるかのように、俺は押し黙っていた。
数十分後、郊外のテーマパークに到着した。
娘ははしゃぎ、妻も、俺も笑っていた。
ひとつでも、良いことがあればいいじゃないか。
他愛無いことでも、幸せを感じられればいい。
心の中で、呟いた。
昼食は、バイキングだった。
肉ばかり食らっている俺に、妻が言った。
「野菜も食べな」
「ガンの発生率が全然違うんだから」
俺は、妻から観ると頼りない、子供のようなものなのか。
自分を恥じていた。
男として、最低な奴だよ。
また、心の中で呟いていた。
外は強風で、桜の花びらも砂埃とともに、吹き流されていった。