病院 | 日々を生きる。~大切なものを失って得たもの。

病院

咳が出て熱もあった。

帰ったら病院へ行こう。

具合が悪かったら、すぐに病院へいって。

妻にそう言われていたのだった。

家に着いた。


「病院に行って来る」


返事はない。


了解という意味なのだろう。

待ち合い室は、すでに人で一杯になっていた。

電話予約の出来る病院。

俺の番は、当分回って来ないかもしれない。

一時間半、待った。



まだ名前は呼ばれない。



まるで、時が俺の周りだけ、遅くなっているような感覚だった。

このまま何時間でも待っていられる、と思った。



携帯が鳴った。


「いったいいつまでかかるの?8時から仕事なんだけど」


時計を見る。


もう7時30分だった。


「わかった。今すぐ帰るよ。」

「いいから、診てもらってきなよ。」



携帯が切れた。


それから15分後、名前が呼ばれた。




飛んで帰った。

「なんで私ばかり、忙しくしてなきゃならないの!」

「ホント頭にくる。もう、仕事やめるから。」


いきなりだった。

返す言葉は、なかった。


娘が奇声を上げ、足に抱きついて来る。

娘の顔が、一瞬ぼやけた。

それは一瞬で、冷たいものが、頬をつたうことはなかった。


「もう寝るから」

「ちゃんと歯磨きさせて」

反論する気力もなく、ただ、押し黙るだけ。



娘を抱いて、廊下を歩いた。


廊下には、ホワイトデーに贈ったお菓子が、封も切らずに投げ出されていた。