距離 | 日々を生きる。~大切なものを失って得たもの。

距離

二人で朝食をとった。

モーニングメニューで、フライドエッグとソーセージ。

安直な店だ。

冷房が効き過ぎている。

それでも、穏やかな朝だった。

コーヒーを啜りながら、とつとつと話をする。


「娘も大きくなったことだし、今度、ダイビングやらないか」

「3人でやるってこと」

「娘は無理さ。その間、預かってもらう。気の利いたショップならそうしてくれるんだ」



妻は、黙っている。

呆れているのか。

それとも、嫌だということか。

妻の性格なら、嫌なら嫌と言うはずだった。

少なくとも、嫌ではないようだ。

そう、思うことにした。




共通の趣味。

ひとつ位あってもいいだろう。

音のない世界。

宙に浮くような感覚。

日常から、隔絶された世界で、

せめて海の中だけは、良い関係でいたい。




連休後半はどうするか。

そんな話になっていた。

行き先は、いつも妻が決める。

俺が行きたいところへ行く。

そんなことは、わがままだと思っていた。

自分が折れる。

それを優しさだと、俺は勘違いしているのかもしれない。



こうして、妻と普通に話していることが不思議だった。

少しずつ、前に進んでいる。

そして、気が付くと後ろへ引き戻される。



娘を迎えに行き、3人で買い物をした。

「これ、どう思う」

「良いと思うよ」

やめておけなどと、言ったことはない。

そう思うことは、不思議となかった。

これからも、多分ないだろう。

それくらい、妻を信頼しているということか。

それとも、自分の意思がないだけなのだろうか。



数点のものを、購入して車に乗った。





穏やかな一日だった。





妻と向かい合い、夕飯を食べながら、俺は安酒を飲んだ。

妻に勧める。

いらないと言った。

ウイスキーなど、飲まないのだろう。

ビールやワインなどを、いつも飲んでいる。

妻の目を見つめながら話した。

そのときだけ、距離が縮んだように思えた。

いつもこうであればいい。


「これ飲んでみろよ」


また勧めた。


「いらないから」


妻はちょっと怒ったように、言った。



今日は2杯でいい。

そう思いながら、汚れた皿を洗った。