あいさつ | 日々を生きる。~大切なものを失って得たもの。

あいさつ

玄関を開け、ただいまと声をかける。


返事はなかった。


それでも、娘の話をし、食事の支度をして、妻は出掛けて行った。

俺は風呂を洗い、夕飯を済ませた。

娘は少し前に食べていた様子で、食が進まなかった。



晩に少し話がしたい。


夕飯を持て余し、手で飯をこね始めた娘を見ながら思った。

風呂に湯を張り、その間、汚れた食器を手早く洗った。

安酒を煽る。


こうして、風呂に入る前に酒が飲めるのは、妻がいないからだ。


風呂へ入る前に飲むと、なぜか嫌がるのだった。



風呂の中で、娘と話した。

内容は半分もわからない。

それでも、今日一日の出来事を健気に話しているのだった。


そうだね。

本当に。


などと、大袈裟に相槌を打った。

お前の話しは、お父さんがちゃんと聞いてるからな。


娘を寝かし付け、二杯目を飲むのを耐えた。

妻と飲もう。

気まぐれにそう思ったのだった。




玄関で音がした。

俺は、お帰りなさいと声をかけ、出迎えた。

返事はなかった。


「それ、片付けておいてよ」


俺の靴に、空のペットボトルが捻じ込まれていた。

出かけた時、妻の車の中で飲んだペットボトル。

俺は黙って、そのペットボトルを掴み、自分の部屋へ向かった。


「人生なんて、こんなものだ」

呟いていた。


どうすれば、昔のように笑って話せるのか。

いくら考えても、わかりはしなかった。


頭の中では、拒絶され続ける俺が、大声を上げていた。

もう一度、二杯目の安酒を飲もうと思った。


ストレートで煽った。

俺には、お似合いの酒だ。

そして、酔うことはなかった。