もう一人の俺 | 日々を生きる。~大切なものを失って得たもの。

もう一人の俺

すれ違い様に、口に手を当て、異様なほど目を大きく見開いていた。

 

驚き方が、異常だった。

 

俺は、階下を見下ろせる4人がけのテーブルのひとつに着いていた。


その女は、同じ窓際の、一番奥のテーブルに腰をおろした。

 

喫茶店である。

 

ちょっと不気味なものを、感じた。


白いワンピースに、長い髪。

 

顔見知りか。


冷めたコーヒーを啜りながら、頭の中で呟いていた。

 

思い当たらない。

 

女は、時々こちらを観ては視線をそらすことを繰り返している。

 

 

二杯目のコーヒーを、飲み終わると、俺は店を出た。

 

家に直行という気分にはなれず、気まぐれに立ち寄った喫茶店。


早く家に帰り、子守をしなければならない。


風呂に入れるのは、俺の仕事だった。

 

エレベーターに乗り込むと、さっきの女が追うように、エレベーターに乗り込んできた。

 

「ちょっと、いいですか」

 

何なのだ。


新手のセールスか。


厄介ごとは、ごめんだった。

 

目が暗かった。


長い前髪から覗いた大きな眼が、暗い光を帯び、こちらを見つめてきている。

 

「あなた、死んだ主人にそっくりなんです」


からかうのも、いい加減にしろ。


出かかった、言葉を飲み込んだ。


壷かなにかを、売りつけるつもりか。

 

女は、かまわずに死んだ夫の話を始めた。

 

生年月日と、名前。

 

俺は、背筋に冷たいものを感じた。

 

俺と同じ、性と名前。


生年月日も同じだった。


「何で俺の名前を、知っている」


「どこで調べたんだ」



住所から調べる。


名前と生年月日程度のことならば、簡単に調べ上げることが出来るはずだ。

 

 

女は、黙って一枚の写真を、小さなハンドバックの中から出した。

 

 

「なんなんだ」

 

その写真に写っているのは、俺だった。


正確に言うと、俺に似ている他人だ。


それでも、俺だと思ってしまうくらい、俺に似ていた。



「気味が悪くなるくらい、俺に似ているな」

 

世界中に、3人。


自分とそっくりの人間がいる。

 

そんな話を、昔どこかで聞いたことがある。


それは、似ているというだけで、同じ人間というわけではない。


ましてや、同じ人生を歩んでいるわけでもないだろう。

 

俺に似ている、この男は既に死んでいる。

 

「わたしも驚きました」

 

「こんなところで、死んだ主人そっくりな人に会うなんて」

 

「ぶしつけなこと聞きますが、だんなさんは病気かなにかで」



女の目は、さらに暗い光を放った。


床に視線を落としている。



「いきなり、そんなこと聞くもんじゃないよな」

 

「自殺しました」

 

「死ぬ前に、さっきあなたの座っていたあの席で、コーヒーを飲んでいたらしいんです」


「その後、屋上から、、。」

 


夫が自ら命を絶った場所。



そこに来て、亡き夫を思い出していたのだろうか。

 



もう一度、その写真を観た。


少し引き攣った笑顔。


無理に笑っているのが、なんとなくわかる。

 


俺も、写真に撮られると同じような表情をしていた。