老犬
悲しげな、視線で俺を見つめてくる。
泣きそうな、顔に見えた。
妻の愛犬。
結婚前から飼っていて、既に老犬だった。
「泣くなよ」
散歩を終え、犬に語りかけていた。
娘が生まれる前、犬をつれて旅行へ行った。
渓谷にある、犬と泊まれる宿。
宿のすぐ脇が渓流で、妻といっしょに犬と遊んだ。
きれいな川だった。
犬は今よりも元気で、目を輝かせ、川に飛び込み泳ぎ回っていた。
楽しかったな。
呟いていた。
娘が生まれると、妻は変わった。
いや、それ以前から、徐々に変わっていったのかもしれない。
娘が大きくなったら、昔のように笑って話せるだろうか。
結婚前、妻は俺に愛しているといった。
今は、侮蔑の言葉を並べられるだけだ。
日差しで、すっかり色あせた犬小屋に目をやった。
人の気持ちも、この犬小屋のように、日々色あせていくのだろうか。
娘が生まれたことによって、家の外に追いやられた老犬。
頭を撫でてやった。
「たまには一緒に遊ぶか」
また、犬に話しかけていた。
尻尾を激しく振りながら、泣きそうな顔で俺を見つめてきた。