【今日は何の日】5月24日
ゴルフ場記念日
▲イギリス人、初めてアメリカへ移住(1607)
▲独眼竜政宗、没。70歳(1636)
▲老中・松平定信による寛政異学の禁(1790)
▲モールス、モールス信号を初発信(1844)
▲日本初の盲あ学校、訓盲唖院開校(1878)
▲12歳以上の男女混浴の禁止(1900)
▲日本初のゴルフ場「神戸ゴルフ倶楽部」オープン(1903)
▲日本商工会議所が創立(1928)
▲プロ野球で延長28回の珍記録(1942)
▲年齢を満で数える法律公布(1949)
▲天皇が蔵前国技館で初めて大相撲を観覧(1955)
▲売春防止法公布(1956)
▲太平洋岸にチリ地震津波襲来(1960)
▲婦人解放運動の平塚らいてう没。85歳(1971)
誕生:マラー(政治家1743) ファーレンハイト(物理学者1686)
ヴィクトリア女王(英国女王1819) 松本幸四郎[7代目](歌舞伎俳優1870)
ショーロホフ(作家1905) 鈴木清順(映画監督1923) 藤間紫(舞踊家1923)
加藤武(俳優1929) ボブ・ディラン(シンガー・ソングライター1941)
小沢一郎(政治家1942) 田村亮(俳優1946) 哀川翔(俳優1961)
小林聡美(女優1965) 河相我聞(俳優1975)
誕生花:ヘリオトロープ (Heliotorope) 花言葉:愛よ永遠なれ 今日は何の日??カレンダーより
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
では、今回はアメリカ・フィラデルフィア・JFKスタジアムの模様をお送りします。
一部動画を探せませんでしたが、動画もご覧下さい。
●ジャック・ニコルソン、ベット・ミドラー>>>>>司会者。
●ジョーン・バエズ>>>>>ライヴエイド・アメリカ会場のトップバッター。1960年代のフォークコンサートのノリでアカペラで聴衆に『アメイジング・グレイス』を歌わせようとするもあまりに場違いで孤立してしまう。窮余の一策で途中から『ウィ・アー・ザ・ワールド』を歌い出したが、会場を盛り上げるにはいたらず、そのまま退場。したがってDVDではバエズ自身が『アメイジング・グレイス』をワンコーラス歌い、軽く会場が盛り上がった所で映像が切られている。後述のボブ・ディランと共に「フォーク時代の化石」とメディアの非難を浴びた。
●フォー・トップス>>>>>『セイム・オールド・ソング』とグループが持つ2つの全米No.1楽曲『リーチ・アウト・アイル・ビー・ゼア』、『アイ・キャント・ヘルプ・マイ・セルフ』を披露。
●ビリー・オーシャン
●ブラック・サバス&オジー・オズボーン
●RUN D.M.C.>>>>>中継前のカメラリハーサルで登場。
●リック・スプリングフィールド
●REOスピードワゴン>>>>>2曲目では子供達やビーチ・ボーイズなど他の出演者がコーラスに入った。
●クロスビー、スティルス&ナッシュ>>>>>『ティーチ・ユア・チルドレン』で素晴らしいハーモニーを披露したが評判は乏しく、「犬にしか楽しめない悲痛のハーモニー」と後日、批判された。レッド・ツェッペリンの出演後に再度出演。
●ジューダス・プリースト
●ブライアン・アダムス>>>>>アメリカ会場・生中継のトップバッターで『キッズ・ワナ・ロック』、『想い出のサマー』を熱唱。
●ビーチ・ボーイズ>>>>>ドラムのデニス・ウィルソンは既に死亡していたが残された、ブルース・ジョンストン、カール・ウィルソン、マイク・ラヴ、アル・ジャーディン、ブライアン・ウィルソンの5人のメンバー、全てが集結した。『素敵じゃないか』、『グッド・ヴァイブレーション』、『サーフィンU.S.A.』と往年の名曲を披露した。
●ジョージ・ソログッド&ザ・デストロイヤーズ、アルバート・コリンズ>>>>>2組の共演。
●シンプル・マインズ>>>>>デビュー8年目にして、この年、ビルボード・週間シングルチャートで『ドント・ユー?』が全米No.1を獲得。
●プリテンダーズ>>>>>なおボーカルのクリッシー・ハインドは、前に歌ったシンプル・マインズのジム・カーとこの年に電撃再婚をする。その後、離婚。
●サンタナ、パット・メセニー>>>>>2組の共演。
●アシュフォード&シンプソン、テディ・ペンダーグラス
●マドンナ>>>>>ベット・ミドラーの嫌みのある紹介にも関わらず、熱意あるパフォーマンスで聴衆を魅了。しかしバックステージではスーパースターを気取り、他の出演者から大ひんしゅくを買っていた事が後日判明する。ベッド・ミドラーは、このマドンナの態度を見て、あの様な紹介をしたと関係者に証言している。
●トム・ペティ&ハートブレイカーズ
●ケニー・ロギンス>>>>>映画・フットルースの主題歌を努めた。
●カーズ>>>>>『燃える欲望』、『ハートビート・シティ』を披露。期待されていた『ドライヴ』、『ユー・マイト・シンク』は演奏されなかった。
●ニール・ヤング>>>>>クロスビー、スティルス、ナッシュ&ヤングとしての出演も期待されたが結局、ソロでの出演。
●パワー・ステーション>>>>>ロバート・パーマーは既に脱退しており、マイケル・デ・バレスがボーカルを務めた。
●トンプソン・ツインズ、スティーヴ・スティーヴンス、ナイル・ロジャース(シック)>>>>>以上 3組にマドンナを加えた4組での共演。
●エリック・クラプトン>>>>>ここにイギリスから到着したフィル・コリンズがドラマーとして参加。
●フィル・コリンズ>>>>>両会場に出演した唯一のアーティスト。『夜の囁き』をピアノだけで披露。この後、突然フィルがレッド・ツェッペリンのメンバーであるロバート・プラント、ジミー・ペイジ、ジョン・ポール・ジョーンズをステージへ呼び込む。
●レッド・ツェッペリン>>>>>フィル・コリンズが自身のパフォーマンス中にロバート・プラント、ジミー・ペイジ、ジョン・ポール・ジョーンズをステージへ呼び込み、『ロックン・ロール』、『胸いっぱいの愛を』、『天国への階段』、を演奏した。ドラムはフィル自身とトニー・トンプソン(シック、ライヴエイドではパワー・ステーションのドラマーとして出演)のダブル・ドラムで行なわれた。この奇跡が実現したのはフィル自身がレッド・ツェッペリンと共演したいが為に、このライヴエイドを利用したと後日語っている。
●デュラン・デュラン>>>>>地元・イギリスではなくアメリカでの出演。アメリカ会場で一番の声援を浴びた。
●パティ・ラベル>>>>>出演陣の中では圧巻の歌唱力を披露した。フィナーレの『ウィ・アー・ザ・ワールド』では当日、参加出来なかった、シンディ・ローパーのパートを努めた。しかし歌の最後の方ではパティの声ばかりが大きく視聴者から非難が殺到した。
●ダリル・ホール&ジョン・オーツ>>>>>自身達のバックバンドを引き連れて登場。なお、ここからボブ・ディラン直前のパートまでは一番、視聴者や関係者から評判が良かった。
●エディ・ケンドリックス&デヴィッド・ラフィン(元テンプテーションズ)>>>>>ホール&オーツと2曲目の『ゲット・レディ』から共演しリードボーカルを担当。ここからホール&オーツはコーラスに廻る。3曲目の『エイント・トゥープラウド・トゥ・ベッグ』から共演。ここでエディもコーラスに廻る。4曲目には自身がテンプテーションズ在籍時にリードボーカルを努め、グループ初の全米No.1楽曲となった『マイ・ガール』を披露。
●ミック・ジャガー>>>>>バックで演奏するのはダリル・ホールとホール&オーツのバックバンド。2曲目の『ミス・ユー』からはジョン・オーツ、エディ・ケンドリックス、デヴィッド・ラフィンがコーラスに入る。
●ティナ・ターナー>>>>>ミック・ジャガーの3曲目『ステイト・オブ・ショック』から共演しミック共々、派手なパフォーマンスと熱唱で会場を大いに沸かせた。ちなみに、4曲目の『イッツ・オンリー・ロックン・ロール』の最中、ミックはティナの飾りスカートを取り払ってしまった。
●ボブ・ディラン、キース・リチャーズ(ローリング・ストーンズ)、ロン・ウッド(ローリング・ストーンズ)>>>>>以上、3名での共演。ディランの代表曲である『風に吹かれて』をトリで披露。しかしモニタースピーカーを取り払われたり、幕の後ろでは大トリの『ウィ・アー・ザ・ワールド』を他の出演者が練習し出したり、演奏中にギターの弦が切れて、急遽、ロン・ウッドとギターを交換したり、という3重のハプニングに見舞われた上にディラン自身も音程を外してしまった。ディランは、このライヴに全く納得しておらず、同時にメディアからも自身の出演パートを『みすぼらしい』等と酷評される始末であった。ちなみに大トリの『ウィ・アー・ザ・ワールド』にソロパートを持っているにも関わらず、かなり後ろの方で黙ってギターを弾いていて全く歌っていない。なお、同じく出演していたエリック・クラプトンは後に「あんなことをしてディランの邪魔をするくらいなら、ソロで『戦争の親玉』でも歌わせればよかったのだ。」とロン、キースを批判している。演奏後、ライオネル・リッチーがディランをねぎらい、抱擁を交わし、いよいよフィナーレ。
●ライオネル・リッチー(元コモドアーズ)、ディオンヌ・ワーウィック、ハリー・ベラフォンテ、シーナ・イーストン、ピーター・ポール&マリー、シェール、ビル・グラハム、クリッシー・ハインド、その他大勢>>>>>フィナーレの『ウィ・アー・ザ・ワールド』に出演。ハリー・ベラフォンテのパートまでは和やかだったが、シーナ・イーストンのパートのところでジョーン・バエズがマイクに割り込んできたのをきっかけに見苦しいマイクの争奪戦となったところで日本中継は打ち切られてしまった。イベントの趣旨とかけ離れた出演者たちのこの挙動に不快感を感じた声は少なからず上がった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
お見苦しい映像も御座いましたが、ご勘弁を…
ちょっとモメゴトもあったアメリカ・ステージでしたが、贅沢なメンバーが出ましたね。
昨日は、カナダ版を最後に紹介しましたが、今回のエイドものは、メタル版バンド・エイド・・・『ヒヤ・アンド・エイド』ですね。
皆さん声張り上げてます・・・聞けっこの雄叫びを…!
Hear N' Aid- "Stars
最後に、もう一度このイベントの趣旨を振り返り、世の中には明日を生きられない子供たちがいっぱいいる事を再認識しましょう。
次回は「我が家のペット」のお話でお会いしましょう。
では、明日0時に…
Live Aid 1985 - CBC video - The Cars - "Drive"
ゴルフ場記念日
▲イギリス人、初めてアメリカへ移住(1607)
▲独眼竜政宗、没。70歳(1636)
▲老中・松平定信による寛政異学の禁(1790)
▲モールス、モールス信号を初発信(1844)
▲日本初の盲あ学校、訓盲唖院開校(1878)
▲12歳以上の男女混浴の禁止(1900)
▲日本初のゴルフ場「神戸ゴルフ倶楽部」オープン(1903)
▲日本商工会議所が創立(1928)
▲プロ野球で延長28回の珍記録(1942)
▲年齢を満で数える法律公布(1949)
▲天皇が蔵前国技館で初めて大相撲を観覧(1955)
▲売春防止法公布(1956)
▲太平洋岸にチリ地震津波襲来(1960)
▲婦人解放運動の平塚らいてう没。85歳(1971)
誕生:マラー(政治家1743) ファーレンハイト(物理学者1686)
ヴィクトリア女王(英国女王1819) 松本幸四郎[7代目](歌舞伎俳優1870)
ショーロホフ(作家1905) 鈴木清順(映画監督1923) 藤間紫(舞踊家1923)
加藤武(俳優1929) ボブ・ディラン(シンガー・ソングライター1941)
小沢一郎(政治家1942) 田村亮(俳優1946) 哀川翔(俳優1961)
小林聡美(女優1965) 河相我聞(俳優1975)
誕生花:ヘリオトロープ (Heliotorope) 花言葉:愛よ永遠なれ 今日は何の日??カレンダーより
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
『バンド・エイド』から7ヶ月、『USA フォー・アフリカ』のプロジェクトを経て、1985年7月13日にイギリスとアメリカを中心に、「1億人の飢餓を救う」というスローガンの下、「アフリカ難民救済」を目的とした、20世紀最大の「チャリティー・コンサート」=『ライブ・エイド』が行われた。その模様は、計84ケ国に衛星同時生中継、日本でもフジテレビが日本代表アーティストを含む3元中継として放送された。
では、今回はアメリカ・フィラデルフィア・JFKスタジアムの模様をお送りします。
一部動画を探せませんでしたが、動画もご覧下さい。
●ジャック・ニコルソン、ベット・ミドラー>>>>>司会者。
●ジョーン・バエズ>>>>>ライヴエイド・アメリカ会場のトップバッター。1960年代のフォークコンサートのノリでアカペラで聴衆に『アメイジング・グレイス』を歌わせようとするもあまりに場違いで孤立してしまう。窮余の一策で途中から『ウィ・アー・ザ・ワールド』を歌い出したが、会場を盛り上げるにはいたらず、そのまま退場。したがってDVDではバエズ自身が『アメイジング・グレイス』をワンコーラス歌い、軽く会場が盛り上がった所で映像が切られている。後述のボブ・ディランと共に「フォーク時代の化石」とメディアの非難を浴びた。
●フォー・トップス>>>>>『セイム・オールド・ソング』とグループが持つ2つの全米No.1楽曲『リーチ・アウト・アイル・ビー・ゼア』、『アイ・キャント・ヘルプ・マイ・セルフ』を披露。
●ビリー・オーシャン
●ブラック・サバス&オジー・オズボーン
●RUN D.M.C.>>>>>中継前のカメラリハーサルで登場。
●リック・スプリングフィールド
●REOスピードワゴン>>>>>2曲目では子供達やビーチ・ボーイズなど他の出演者がコーラスに入った。
●クロスビー、スティルス&ナッシュ>>>>>『ティーチ・ユア・チルドレン』で素晴らしいハーモニーを披露したが評判は乏しく、「犬にしか楽しめない悲痛のハーモニー」と後日、批判された。レッド・ツェッペリンの出演後に再度出演。
●ジューダス・プリースト
●ブライアン・アダムス>>>>>アメリカ会場・生中継のトップバッターで『キッズ・ワナ・ロック』、『想い出のサマー』を熱唱。
●ビーチ・ボーイズ>>>>>ドラムのデニス・ウィルソンは既に死亡していたが残された、ブルース・ジョンストン、カール・ウィルソン、マイク・ラヴ、アル・ジャーディン、ブライアン・ウィルソンの5人のメンバー、全てが集結した。『素敵じゃないか』、『グッド・ヴァイブレーション』、『サーフィンU.S.A.』と往年の名曲を披露した。
●ジョージ・ソログッド&ザ・デストロイヤーズ、アルバート・コリンズ>>>>>2組の共演。
●シンプル・マインズ>>>>>デビュー8年目にして、この年、ビルボード・週間シングルチャートで『ドント・ユー?』が全米No.1を獲得。
●プリテンダーズ>>>>>なおボーカルのクリッシー・ハインドは、前に歌ったシンプル・マインズのジム・カーとこの年に電撃再婚をする。その後、離婚。
●サンタナ、パット・メセニー>>>>>2組の共演。
●アシュフォード&シンプソン、テディ・ペンダーグラス
●マドンナ>>>>>ベット・ミドラーの嫌みのある紹介にも関わらず、熱意あるパフォーマンスで聴衆を魅了。しかしバックステージではスーパースターを気取り、他の出演者から大ひんしゅくを買っていた事が後日判明する。ベッド・ミドラーは、このマドンナの態度を見て、あの様な紹介をしたと関係者に証言している。
●トム・ペティ&ハートブレイカーズ
●ケニー・ロギンス>>>>>映画・フットルースの主題歌を努めた。
●カーズ>>>>>『燃える欲望』、『ハートビート・シティ』を披露。期待されていた『ドライヴ』、『ユー・マイト・シンク』は演奏されなかった。
●ニール・ヤング>>>>>クロスビー、スティルス、ナッシュ&ヤングとしての出演も期待されたが結局、ソロでの出演。
●パワー・ステーション>>>>>ロバート・パーマーは既に脱退しており、マイケル・デ・バレスがボーカルを務めた。
●トンプソン・ツインズ、スティーヴ・スティーヴンス、ナイル・ロジャース(シック)>>>>>以上 3組にマドンナを加えた4組での共演。
●エリック・クラプトン>>>>>ここにイギリスから到着したフィル・コリンズがドラマーとして参加。
●フィル・コリンズ>>>>>両会場に出演した唯一のアーティスト。『夜の囁き』をピアノだけで披露。この後、突然フィルがレッド・ツェッペリンのメンバーであるロバート・プラント、ジミー・ペイジ、ジョン・ポール・ジョーンズをステージへ呼び込む。
●レッド・ツェッペリン>>>>>フィル・コリンズが自身のパフォーマンス中にロバート・プラント、ジミー・ペイジ、ジョン・ポール・ジョーンズをステージへ呼び込み、『ロックン・ロール』、『胸いっぱいの愛を』、『天国への階段』、を演奏した。ドラムはフィル自身とトニー・トンプソン(シック、ライヴエイドではパワー・ステーションのドラマーとして出演)のダブル・ドラムで行なわれた。この奇跡が実現したのはフィル自身がレッド・ツェッペリンと共演したいが為に、このライヴエイドを利用したと後日語っている。
●デュラン・デュラン>>>>>地元・イギリスではなくアメリカでの出演。アメリカ会場で一番の声援を浴びた。
●パティ・ラベル>>>>>出演陣の中では圧巻の歌唱力を披露した。フィナーレの『ウィ・アー・ザ・ワールド』では当日、参加出来なかった、シンディ・ローパーのパートを努めた。しかし歌の最後の方ではパティの声ばかりが大きく視聴者から非難が殺到した。
●ダリル・ホール&ジョン・オーツ>>>>>自身達のバックバンドを引き連れて登場。なお、ここからボブ・ディラン直前のパートまでは一番、視聴者や関係者から評判が良かった。
●エディ・ケンドリックス&デヴィッド・ラフィン(元テンプテーションズ)>>>>>ホール&オーツと2曲目の『ゲット・レディ』から共演しリードボーカルを担当。ここからホール&オーツはコーラスに廻る。3曲目の『エイント・トゥープラウド・トゥ・ベッグ』から共演。ここでエディもコーラスに廻る。4曲目には自身がテンプテーションズ在籍時にリードボーカルを努め、グループ初の全米No.1楽曲となった『マイ・ガール』を披露。
●ミック・ジャガー>>>>>バックで演奏するのはダリル・ホールとホール&オーツのバックバンド。2曲目の『ミス・ユー』からはジョン・オーツ、エディ・ケンドリックス、デヴィッド・ラフィンがコーラスに入る。
●ティナ・ターナー>>>>>ミック・ジャガーの3曲目『ステイト・オブ・ショック』から共演しミック共々、派手なパフォーマンスと熱唱で会場を大いに沸かせた。ちなみに、4曲目の『イッツ・オンリー・ロックン・ロール』の最中、ミックはティナの飾りスカートを取り払ってしまった。
●ボブ・ディラン、キース・リチャーズ(ローリング・ストーンズ)、ロン・ウッド(ローリング・ストーンズ)>>>>>以上、3名での共演。ディランの代表曲である『風に吹かれて』をトリで披露。しかしモニタースピーカーを取り払われたり、幕の後ろでは大トリの『ウィ・アー・ザ・ワールド』を他の出演者が練習し出したり、演奏中にギターの弦が切れて、急遽、ロン・ウッドとギターを交換したり、という3重のハプニングに見舞われた上にディラン自身も音程を外してしまった。ディランは、このライヴに全く納得しておらず、同時にメディアからも自身の出演パートを『みすぼらしい』等と酷評される始末であった。ちなみに大トリの『ウィ・アー・ザ・ワールド』にソロパートを持っているにも関わらず、かなり後ろの方で黙ってギターを弾いていて全く歌っていない。なお、同じく出演していたエリック・クラプトンは後に「あんなことをしてディランの邪魔をするくらいなら、ソロで『戦争の親玉』でも歌わせればよかったのだ。」とロン、キースを批判している。演奏後、ライオネル・リッチーがディランをねぎらい、抱擁を交わし、いよいよフィナーレ。
●ライオネル・リッチー(元コモドアーズ)、ディオンヌ・ワーウィック、ハリー・ベラフォンテ、シーナ・イーストン、ピーター・ポール&マリー、シェール、ビル・グラハム、クリッシー・ハインド、その他大勢>>>>>フィナーレの『ウィ・アー・ザ・ワールド』に出演。ハリー・ベラフォンテのパートまでは和やかだったが、シーナ・イーストンのパートのところでジョーン・バエズがマイクに割り込んできたのをきっかけに見苦しいマイクの争奪戦となったところで日本中継は打ち切られてしまった。イベントの趣旨とかけ離れた出演者たちのこの挙動に不快感を感じた声は少なからず上がった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
お見苦しい映像も御座いましたが、ご勘弁を…
ちょっとモメゴトもあったアメリカ・ステージでしたが、贅沢なメンバーが出ましたね。
昨日は、カナダ版を最後に紹介しましたが、今回のエイドものは、メタル版バンド・エイド・・・『ヒヤ・アンド・エイド』ですね。
皆さん声張り上げてます・・・聞けっこの雄叫びを…!
Hear N' Aid- "Stars
最後に、もう一度このイベントの趣旨を振り返り、世の中には明日を生きられない子供たちがいっぱいいる事を再認識しましょう。
次回は「我が家のペット」のお話でお会いしましょう。
では、明日0時に…
Live Aid 1985 - CBC video - The Cars - "Drive"
