「考える人」2003年夏号(新潮社)より転載~

安藤忠雄、中坊公平(Ando Tadao、Nakabo Kohei)
「瀬戸内オリーブ基金」の人々


「二〇〇〇年の十一月には豊島の子どもたちと一緒にオリーブの苗木千本を植樹しました。不法投棄の現場に近い海岸沿いに植えたんです。さらに、瀬戸内の小学校の子どもたちとドングリを拾って発芽させて、それを植えようというプロジェクトもスタートしています。ドングリから芽が出て、木として育つのを見たら子どもたちもうれしいでしょう? この運動の大切なところは、木々がゆっくり育つのを見守りながら、ひとりひとりの心が動くということなんです。なにしろ今は心が動く時間がない。高度経済成長以来、ゆっくりものを考えたり感じたりすることがなくなってしまった。だからこそこの運動は、性急ではなく、頑張り過ぎもせず、息長く持続させることを大切にしたいんです」

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自立と自律、そして連帯
「私はね、正義感や使命感で豊島の産廃問題を担当したわけじゃないんです。ひとりの弁護士として、最初は普通の事件として関わっただけでした」
中坊公平氏のもとに豊島の人々がやってきたのは、産廃の不法投棄事件の時効成立の直前だった。まもなく豊島を訪れた中坊氏は、五十万トンの廃棄物が堆積する現場を見て、呆然とする思いだった。中坊氏は豊島の人々に聞いた。「本当に、本気で、やる気がありますか?」。「これだけの膨大な量の産廃を本当に完全撤去することができると思いますか?」。
「そうしたらね、寂しそうな顔をして、いや先生、正直言って完全になくすのは無理だと思ってます、と言うんです。そもそも豊島は、瀬戸内海の島にしては珍しく水が湧き、田畑に水も引けて自給自足のできる島なんだと。だから豊島という名前がついたんじゃないか、と彼らは言うんですね。ところが、先祖がせっかく『豊かな島』と名づけてくれたこの豊島を、自分たちが生きている間にこんな状態にしてしまった。だから、たとえ産業廃棄物を撤去できなくても、せめて一矢報いたい。一矢報いたという事実だけでも子孫に残して死んでいきたいんだ、と言うんです。……私はね、この一言に動かされたんです。よし、わかったと。一矢どころか、不法投棄された五十万トンの産廃を元どおりにさせて緑に戻そうじゃないかと。産廃はそもそも都会から運ばれてきた。都会人たちが自分の見たくないものを過疎地の離島に押し付けたものです。しかし裁判するとなれば、産廃の有害性を調べて立証するだけでも二億円以上の莫大な費用がかかる。たった千三百人の人口の島にそんな経済力があるはずもない。手も足も出ないから時効直前まで来てしまった。だからね、世の中というものは、いちばん美しくいちばん弱いところがやられてしまうんです。

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なぜ豊島にドングリを植えたか?


ドングリは広葉樹で葉っぱが落ちて多くの腐葉土を作ります。


腐葉土中で生合成するフルボ酸が川から海へ流れ込むと爆発的に植物やプランクトンが増える。 これが豊かな森が豊かな海を作るということです。


杉やヒノキの針葉樹などの人工林では、落ち葉を分解する微生物や動物が繁殖しにくいため、鉄分が川や海へ流れでにくくなっています。


そのため、海では十分な植物プランクトンが生息できず、海藻類も生えず魚もいない状態になっていて、その原因は水の汚染だけでなく鉄分の不足でもありました。


元北海道大学教授の松永勝彦さんは「北海道の面積の20~30%に相当する海域に昆布を繁殖させれば、日本で放出するCO2の約半分を固定できる」と言っています。


島を守るための「ドングリ作戦」いちど挑戦したいものです。