社長と結婚して2年目のことです。
それまでは 東京都福生で 地盤改良工事 つまり薬液注入工事業
を営んでいたのですが 長男出生を機に久喜市に移りすんだのでした。
駅前の公団パークタウンが建ったばかりで 3LDKの住まいと久喜市
北に一軒家を借り 社員さんを住まわせ その庭に六畳一間のプレ
ハブを建て 事務所にしました。事務机 ふたつでいっぱいになるので
お客様が見えると立ち話です。雨の日は傘をさして 商談......
冗談みたいなほんとのはなしです。カッター車二台から 営業をはじめ
たのですが はじめの頃は 電話の前で首をなが-くして 仕事の電話
を待っても 週にやっと一回くらい 電話がくるとうれしくて うれしくて。
社長ははじめ ただで仕事をして合同テック 当時は合同企業の名前
を売りました。いっしょに埼玉道路さんに営業に行ったときのことです。
機動力について 質問があり 社長はたった二台しかないのにうちは
10台 動かしますから 機動力は心配ありません と平気で大風呂敷
をひろげるので わたしは ヒヤヒヤしました。
父が土木事務所の次長をしていたことから わたしは浦和土建さん
で 働いたことはあるのですが 管理の方で 現場事務ではなかった
し 請求書を書くのもはじめてなら 集金もはじめて 気持ちがのらない
月は請求書も出さないし 集金にもいかない とのさま商売でした。
それでも 日本中が元気だったあの頃 仕事も 働き手もいっぱいだ
ったあの頃.....あっという間にお客さまもふえ 仕事もふえ 軌道にの
っていたのです。....ところが..... つづきはあした。