Jackpot
四葉のクローバーを見つけたら幸せになれる
一体、これは誰が言い出したのか。
この安くて説得力に欠ける伝説のせいで、今まで一体どれほどのクローバーがガキんちょどもに乱獲され使わない漢和辞典にティッシュと共に綴じ込まれブックオフに売られたことか。ラッキーを売り飛ばす少年少女に幸あれ。
ブックオフはどうでもよい。四葉のクローバーだった。冷静に考えれば、かの伝説の発祥も四葉が希少なので見つけたアナタはラッキーよ、というくらいの意味合いなのだろうとは思う。
ここで何も「じゃあ俺五つ葉見つけたことあるよ超ラッキー」とか「六つ葉見た俺超超ラッキーどラッキー」とか次元の低い競争をしかけるつもりはない。ないよ。私は見つけたことがあるけども。えっへん。
えっへん、ではなくて、本題はプロモーションの方針としてこれは使えるのではないか、ということだ。その方針とはすなわち「希少なものを見つけたアナタはラッキーよ」という持ちかけである。
件のクローバーにおいては「手軽さ」「曖昧さ」が長く語り継がれる要因であろうと思われる。なにせ公園で子供を放牧したり、工事現場でエメラルドマウンテンを飲んでいる最中でも探せる。見つけた人が手に入れるのも、紫綬褒章でも東大合格でもなく「幸せ」というあやふやぶりだ。
そこで、こういうのはどうだろう。
ガットハロのライブ見たら幸せになれる
まずもってレアである。うちらのライブは確実に四葉のクローバーより希少だ。手軽さで言えば、ええと、彼女の誕生日にでかいビルを借り切って窓の明かりで「I LOVE YOU」とか書かせるよりは手軽だ。よし手軽じゃないか。そして幸せになれるかどうかについては、まあその、その人の今後の努力次第なので、頑張ってください応援してます。
いいのではないだろうか。いや実にいい。なぜ他のアマチュアバンドがこのプロモーションを行わないのか不思議なくらいだ。僕らのライブを見たら幸運になれる。言い直してみる。なれるよ幸せ僕らを見たら。もっと言い直してみる。幸せになれるよ私となら内田有紀になれるよアナタとなら。なれるか馬鹿野郎。
そして、こんな事を仕事中につらつらと考えている私に、あなたは言うであろう。
「まったく、幸せな人ですね。」