Dream Drive | ガットハロのブログ’混石’

Dream Drive

だからこの狭い道で路側帯はみ出してふらふらするくらいなら歩道に乗れチャリ公。自転車坊主。何が「道交法ではこれが正しい」だ。それ以外の条項一つでも守ってから言え。お前らもう俺に跳ね飛ばされて信号感知器にぶら下がりながら泣いても文句言うなよ。て言うかそんなおもしろおかしい画にはならんぞ。ベンジー言うところの週刊誌が飛ぶように売れるアレになるぞ。いいんだな。

 車に乗ると人が変わる、そんな人がいると言う。変わる、といってもこの頃流行りの女の子が愛の戦士になるとか、年頃になったら男には気をつけなさいなんせ奴らは変身するのよオオカミよダメダメあーダメダメよ、とかそういう変わり方ではない。がるる。

おい、うるさいぞ。どんだけケツ追っ付けたって俺の速度は変わらんの。お手製のカッティング剥がして出直せグラサン。何だ、お急ぎか。ママが危篤か。文句ありゃ追い越せ。ご自慢のはやーいマシンでぶち抜いてけグラサン。エアロとかコンビニの縁石に引っかけて落とせ。その痕にガムテープとか貼れ。それから糊だけ残して剥がれろ。そこに触って手ぇべたべたになれ。

 ひとつには、車の運転が脳の処理能力をうんと使う作業であることが挙げられる。人間の運動性能をはるかに凌駕する速度で移動している状態は、格闘技の試合にも劣らぬ緊迫感を人の脳に強いる。その緊張が途切れる時、運転者は命の危機に直面することさえあるが故、運転時に人は意図せず極限状態の醜い自分を演じているとも言えるのではないか。

おら携帯電話で通話しながらの運転はご法度でねえのか。おまわりさーん。ほらいるよボケ運転手がここ、こーこーにー。そら俺だってマトモな運転してくれりゃがたがた言わんけどさ。何そのだらしない笑顔。何その蛇行。スラロームか。お前には道路にフラッグでも立って見えんのか。もういいよ、ゴール。お前あの電柱にぶつけてゴールしちまえ。

 もう一つ重要なのは、ある程度可視とは言え、基本的に車内が密室であるという事実だ。ここでの発言及び行動は、記録されない。他ではお目にかかれないほどの暴言もあんなことやこんなこともオフレコに出来るのであり、誤解も含め、秘密が守られる事を信じた人間がいかなる行動に出るかを示す資料は(概ねダメな方面で)人類の歴史上、枚挙にいとまがない。

ヘイ、ヘイ、信号、変わる前に停止線越えてっ、じりじり行くなら、信号なんて、守んなベイベっ。YO、YO、ルールなんてクソだっ、やぶってなんぼ、破ってなんぼのライフゴーゾぉん。いーそーげHurryUp。こんな渋滞、やだねったらっやだねー。追いつけ追い越せ俺最強、イェー(コーラス)、レッドな、ライトが(コーラス)、今見えたー(ユニゾン)。

 あまつさえ車のグレード次第でお気に入りの音楽をバックに運転することが可能であり、これは運転の集中力を一定レベルに維持するため有効ではあるものの、弊害はある。意識している人も多いと思うが、曲のテンションに運転が引きずられることがあるのだ。「ドライブに合う曲」という謳い文句も場合によっては注意すべきだろう。さあ、車を左に寄せて、と。



「あのね、ちょっとでも速度緩めたら言わなかったんだけどね、一時停止、見えなかったかなあ。」


「あの、車で聴く音楽って、いいっすよね。あと、えーと、えへっ。」


「うん、まあ、まず降りて。…(ぼそっ)アルコールは、どうかな。」


「その、あの。」


「はい、免許、あるよね。ごめんなさいね、こっち来て。後ろ乗って。」



危険な運転は、ダメ。絶対。



 あと、不特定多数の人が見る可能性があるブログという媒体で、罵詈雑言を載せるのは、お薦めしません。ふう、すっきりした。