When The Music Stops
あなたがミュージシャンだとする。
私があなたの演奏又は歌を聴き、何故かライブ打ち上げにまで同行したとする。
酒に酔い、お調子に乗った私は、あなたにこんなことを言ったとする。
「いや、まあ、演奏しない(歌わない)あなたに用はないけどね」
この発言は道徳的にどうなのか。
まず、今の私は上の例とは違ってシラフである。
そして、この発言をもちろん誰かに向かって言ったことはない。
これからも多分言わない。
私にだって社会性は(わずかに)あるからさ。
しかし、アマだろうがプロだろうが、
上の発言と同じようなことを思いながら聴くように心がけてはいる。
ヘベレケでも。シラフでも。
それはなぜか。
演奏しないミュージシャンに価値を見出すのは失礼だと思うから。
つまり、「あなたの歌には用がある(=聴きたい)」という意味で、
これは賞賛なのだ。
我ながらヒネた野郎だとは思う。
けれど、
「あなたいい人ですよね。歌?ああ、よかったんじゃないですか。」
だと、褒めてもらいながらも、何だか悔しくないか。
そんなら、音楽なんか要らないんじゃないか。
好きで、頑張って、音楽やってるはずなのに。
だから、
私はあなたの曲に耳を傾け、心で言い続けている。
「お前に用はないぜ。お前の歌には用があるけどな。」
そうしないと、いい人の歌はどれもいい歌に聴こえてしまいそうだから。
そして、音楽など用のないものになってしまうと思うから。
本当にヒネた野郎である。こんな宮下には、接近注意。
ところで。
今回は、ケータイで打った文に似せたつもりなのだ。
実際は、パソコンで打っている。
なぜそんなことを?
短めの文章が書いてみたかったから。
改めて理由を言ってしまうと、意味わからん。
やっぱり宮下、接近注意。
やっぱり宮下、接近注意。
2回言う意味もわからんてば。
えー、それでは皆様よいお年を。